シンガポール通信ー香港とジェフリー・ショー

前回は香港の和食レストランの様子を報告したが、今回の香港訪問の主な目的は、ジェフリー・ショーの招待で彼が学部長をしている香港市立大学(City University of Hong Kong)の創造メディア学部(School of Creative Media)を訪問する事にある。

ジェフリー・ショーは、メディアアート関係の人ならほとんどの人が知っているだろう。メディアアート界の大御所である。1944年生まれだから、私より少し年上である。メディアアーティストとして数々の作品を発表すると共に、1991年にドイツ、カールスルーエに設立されたメディアアートのセンターであるZKMの初代所長を長年務めていた。(正確にはZKMの中の映像メディア研究所の所長だけれども、ZKMの所長といってさしつかえないだろう。)

その後、オーストラリア、シドニーのディジタルシネマセンターの所長をしばらく務め、1年半ほど前に香港市立大学の創造メディア学部に招聘され、現在同学部の学部長として活躍している。

彼のメディアアート作品は、広いスペースとそれを覆うスクリーン、そして複数台のプロジェクタを使う物が多い。アート作品であると同時に、バーチャルリアリティのシステムと見なす事もできる。従ってそれなりに予算を必要とする。彼が働く場所を代えて来たのも、彼のアート作品の制作に必要な十分な予算を付けてくれる組織を求めての事だと思われる。

彼がまだZKMの所長時代であるもう15年以上前に、ZKMを訪問して彼に会った事がある。その頃は彼もまだ50になるかどうかという年代だったと思う。いかにも精悍な顔つきとそれに伴うカリスマ性を発散させていたのが印象的だった。

その後、会う機会がなかなかなかったが、今回シンガポールで行われたバーチャルリアリティの学会に私が彼を招待したので、そのお返しに私(と京大の土佐先生)を招待してくれたのだろう。


ジェフリー・ショーと一緒に。昔の精悍な顔つきに比較すると彼も好々爺になったという印象が強い。人当たりも良くなっている。まあこれはこれでいいことだろう。

彼は2カ所に研究室を持っている。まず最初にサイエンスセンターにある彼の作品の展示コーナーを訪問した。200平米以上はあろうかという部屋に、彼がこれまで制作して来たアート作品が5作品展示してある。これらの作品のコンセプトそのものは変っていないけれども、最新のコンピュータ、プロジェクタなどを使って作られた立体映像を多用した作品はいずれも新しい輝きを持っているようである。


作品の1つ。実は作品に見とれて写真を撮るのを忘れてしまったので、これはwebから拾って来たものである。

香港市立大学は市内にあり大きなスペースの確保が難しいので、少し郊外にあるサイエンスセンターにデモ専用のスペースを確保しているとの事である。うらやましい限りである。

翌日は、市内にある香港市立大学の彼の学部を訪問し見学した。既存の建物を使った学部はすでに手狭になっているため、現在新しいビルを新築中である。建築中のビルも見学させてもらったが、さすがに創造メディア学部のビルである。外観や窓、そして内部の配色もアート系の学部を強く意識したデザインになっている。


これは建築中のビルのロビー。



こちらは内部のデザイン。黒と赤を基調にした斬新かつ落ち着いた配色である。


その後講演の機会をもらったので、私が所長をしているIDMIの紹介を行った。その後、大学の副学長など経営陣と話す機会があったが、日本におけるアートと技術の境界領域の先駆的な研究を高く評価しており、香港も今後は同様の方面に力を入れるとの事であった。


私の講演の様子。


しかしながら、ひるがえって現在の日本のメディアアートに関する状況はどうだろうか。メディアアート展示の中心的な存在であったNTT-ICCが休館中、メディアアート作品制作のための技術研究を対象にした国のCRESTプロジェクトが今年で終了、新しいメディアアーティストが出て来ていないなど、一時期のブームに比較すると危機的な状況にあるといっても言い過ぎではないかもしれない。