シンガポール通信-トランプが行おうとしているのは「政治のビジネス化」である

CNNを見ていると、トランプがメキシコとの国境に壁を建設するという政策にサインしたとのニュースを流れてきた。選挙期間中に公約の目玉の一つとしてトランプが主張してきたことではあるが、ほとんどの人が実現は不可能だろうと考え、いわば冗談だろうと考えてきた政策である。それがまだ何も具体的になっていないとはいえ、トランプの当初の政策の一つとして実際に取り上げられることになったのである。
CNNでも多くのコメンテーターが入れ替わり立ち替わり意見を述べているが、皆さんまだ半信半疑で、「必要な膨大な予算の措置が難しいだろう」などの枝葉の議論に終始しているようである。つまりまだトランプが実際に何をしようとしているのか、誰もわからないという段階なのではあるまいか。
もちろん私自身もトランプが何をしようとしているかをよく解っているわけではないが、ともかくも彼が行おうとしていることが、トランプの悪口を言うときによく言われる「政治を知らないビジネスマンのその場の思いつきの政策」ではなくて、ある種の基本的なコンセプトのもとに実行しようとしていることは確かなのではないかと思っている。
トランプが実行しようとしていることは、一言でいえば、「政治のビジネス化」や「政治とビジネスの融合」などの言葉で表現出来ることなのではないかと私は考えている。現在の世界を構成しているものが、民主主義を基本概念とした国家群(もちろん例外もあるが)と、自由主義経済もしくは資本主義経済を基本概念としてビジネスを展開する企業群であることは明らかであろう。そして長い歴史の中ではこれらのうち国家が上位概念であり、世界は国家間の政治的な駆け引きの場であり、ビジネスは国家の定めた規則の中で活動を行う国家に比較して低次概念と考えられてきたのではあるまいか。
しかしながら、ビジネスは国家の規制を乗り越え国境という制限を乗り越えて世界に活動の場を広げてきたというのが、これも歴史の流れを見ると明らかなのではあるまいか。つまり利益を得る、言い換えれば金のためならば人間は国家という概念を飛び越えて活動の場を広げるのである。利益第一主義こそが資本主義をこれまで成功されてきた基本的な原理である。
現在も製造業はより低賃金の労働者を求めて次々と製造拠点を変えていっている。そこには国家にしばられるというような義理人情の世界は皆無である。これがいわゆるグローバリゼーションといわれるものである。そして国家も企業が利益を求めて世界にビジネスの活動の場を広げることを認めてきたのではあるまいか。
それは当然のように、その流れに乗った勝者とその流れに取り残された敗者を生む。米国の製造業が拠点を国内から世界へと移していったことによって、米国の中間層以下の人たちの多くが職を奪われ、所得格差が広がっているというのが現在米国で(そして先進国の多くで)起こっていることである。それに対して国家はどのような対策を取ってきたか。国家が取ってきたのは、自由競争は認めておきながら、そこで取り残された人たちいわゆる敗者をいかに救うかという政策なのではあるまいか。それの一つの政策が「オバマケア」なのではないだろうか。
これはある意味で国家が上位概念でビジネスは下位概念であるという状況がひっくり返って、資本主義ビジネスが引き起こす問題点を国家が尻拭いをしているという状況が生じていることを示してはいないだろうか。
つまり国家が神聖なる上位概念で、ビジネスはそれに比較すると低俗な下位概念であるという基本的な考え方は、すでに崩れ去りつつあると考えてもいい。しかしながら大半の政治家はまだそれに気づいておらず、相も変わらず国家間の政治の駆け引きに時間を費やしているのではないか。このような状況をトランプは敏感に感じ取っているのかもしれない。そして彼は政治というこれまでビジネスに比較して高尚と考えられてきた活動を、その高みから引き下ろしビジネスとして考えようとしているのではないか。それが私が最初に書いた、「政治のビジネス化」や「政治とビジネスの融合」などの言葉で表現されることであると私は考えている。
このような観点から現在トランプが実行しようとしている政策を見ると、なかなか興味ふかいもしくはわかりやすい点が見えて来る。次にそれらを考えてみよう。
(続く)