シンガポール通信-2016年はVR元年なのか?

今日まで幕張メッセ東京ゲームショウが開催されている。そこでの目玉は、HMD(ヘッドマウンテッドディスプレイ)に代表される最新のVR 機器と、それを応用した各種のゲーム類だといわれている。そして今年がVR元年であるという宣伝が盛んに行われている。

東京ゲームショウは過去最大の入場者数らしい。特に、ソニー・インタラクティブエンタテインメントが家庭用ゲーム機器「プレイステーション4」に対応したVR機器「プレイステーションVR」をはじめとして、最新のHMDやその機能を生かしたゲームコンテンツなどが人気を集めているようである。

しかしどうもこの「VR元年」という言い方は、少し引っかかるところがある。今回東京ゲームショウに展示されているVR機器やコンテンツは、コンセプト的にはずいぶん昔からあるものであるし、第一昨年も同じような内容の展示が行われたのではあるまいか。それがなぜ今年がVR元年なのだろうか。どうもそこには、VR関連の業界がなんとかVRをビジネスとして大ヒットさせたいという思惑が絡んでいるのではなかろうか。

VRバーチャルリアリティ)という概念やそれを実現する代表的な機器としてのHMDが現れたのは、実はかなり以前である。VR創始者と言われるアイバン・サザーランドがVR の概念を提唱して最初のHMDを開発したのは1968年であるから、すでに半世紀近く前である。もちろん彼が開発したHMDを現在のそれと比較してみると、技術レベルも実現出来る仮想現実のレベルもずっと低いものであることは確かである。しかしすでに現在のVRの概念は彼によって完全に提案されており、また彼が開発した開発したHMDも基本機能に関しては現在のHMDとほぼ同じものを備えている。

HMDとは、目全体を覆い目の少し前に小型のディスプレイをおき、そこに各種の映像を映すことにより人が現実にいる空間とは別の空間にいるかのような感覚を与える機器である。そのような感覚を与えるためには、人が頭部の向きを変えることのよってHMDがそれを検知して映像を変化させ、あたかも人が仮想空間で実際に周りを見渡しているような感覚を与える必要がある。

今年の技術が昨年までの技術に比較して進歩しているのは、まず小型ディスプレイの解像度が格段に向上したことにより、投影される映像のリアリティが格段に向上したことだという。そしてまた頭部の動きと投影されている映像の動きの間の遅れ(レイテンシー)を無くすことによって、人が自分が仮想空間に実際にいるような感覚を与えることができるようになったことだとういう。

もちろん私自身がそれを体験しているわけではないので、上記の記述はあくまで押し売りである。もちろん私自身も機会があれば、最新のHMDとコンテンツの融合が作り出すVR空間を体験したいという気持ちは強い。しかしこれまでの私自身のVR技術の体験に基づいて言えば、最新のHMDとコンテンツが与えてくれるVR体験というものに、それほど過大な期待をかけられないのではという懸念の方が大きい。

その一つは、画像の解像度の高さやレイテンシーの少なさが、作り出される仮想空間にいるという感覚を完全に決めているわけではないということである。人は仮想空間にいてそれを眺めているだけではない。それならば大画面上の4K映像を眺めているのと同じである。そこにあるものとインタラクションしそこでの出来事を体験することがVR 体験をするということなのである。

最新のVR機器のために用意してあるコンテンツの大半は、シューティングゲームのようなゲームコンテンツのようである。もちろんゲームコンテンツでも、解像度の高さによるリアリティの追求は重要であろう。しかし正直に言うと、すでに現在のゲームでは映像リアリティは十分高いレベルにきている。これ以上のクオリティが必要かどうかは疑問であるといえよう。このことはスマホ用のパスドラなどに代表される簡易ゲームが、低い解像度の画面にもかかわらず人々がそれを楽しんでいることからも明らかである。

つまりゲームを楽しむためには、解像度が高まりレイテンシーが低いことが絶対条件というわけではないのである。したがってこの点に関する技術が高まったとしても、 それはVRにおけるイノベーションというレベルには達していないのではなかろうか。