シンガポール通信-再び自動運転を考える:2

シンガポールで米国のスタートアップ会社ヌートノミーが自動運転タクシーのサービス実験を始めたニュースがあるが、それは他の多くの企業や大学で行われている実験とほとんど変わらないレベルであることを述べた。一般人を対象にしているとはいえ、あらかじめ選ばれ登録されたユーザーに対してのみサービスを提供するのであるから、それらの人たちは実験参加者であって、あくまでもサービス実験と考えるべきであろう。

ほぼ同様のレベルの実験は日本でもすでに行われている。具体的には、ロボットの制御ソフトの開発会社であるZMPDeNAと共に立ち上げた合弁会社であるロボットタクシーが、政府の国家戦略特区プロジェクトの一環として、神奈川県藤沢市において今年2月から約半年の期間、一般の人を対象として自動運転タクシーのサービスの実証実験を実施した実績がある。

この実証実験では、モニターとして選ばれた周辺に住む10組ほどの住民を対象として、自宅と近くの大手スーパー「イオン藤沢店」との往復ルートを走行することが行われた。これは、以下のような点でシンガポールにおけるヌートノミーによる実証実験と極めてよく似ている。

まず一つは、当然ではあるが常に運転手が運転席に座っており、いつでも自動運転と手動運転を切り替えることができる体制をとっていることである。このように書くと、基本的には自動運転で緊急の場合だけ手動運転に切り替えているように聞こえるが、実際には自動運転の場合でも運転手が常にハンドルに手を添えている必要がある。これはむしろ基本的には手動運転であるが、部分的に(例えば直線に近い道路やあまり混雑していない道路などで)自動運転を行っていることになり、人間の運転を自動運転ソフトがサポートしているというのが正しい説明の仕方であろう。

もう一つは一般の人を対象としているとはいえ、あくまであらかじめ選ばれた人に実験に参加してもらっているわけであって、一般の人を対象としたサービスとはかなり異なった形態であることである。さらに実験の行われる地域も限定されている。つまり極めて限定された条件のもとでの実証実験であることである。

実際の公道で一般の人を対象として実証実験が行われたことが大々的に喧伝されており、一般の人からするとすぐにでも自動運転タクシーのサービスがどの地域でも実現可能なように聞こえる。これはどうも新しい技術が発表された時に、マスコミがそれらの技術を報道する際に取る常道手段であるようである。

しかし私たちは冷静にそれらのニュースを分析して理解する必要がある。シンガポールや日本における自動運転タクシーサービスは、あくまで極めて限定された条件のもとでの実証実験であることを理解しておく必要がある。そしてここから最終目標である実際の公道における一般の人を対象とした自動運転タクシーの実現への道のりは極めて遠いということも理解しておく必要がある。

上記の神奈川県藤沢市におけるロボットタクシーの実証実験の映像を見ても、運転手はハンドルから手を離しているとはいえ、いつでもハンドルを握れるようにハンドルに手を添えるという、ある意味で極めて不自然な姿勢をとっている。

少し前まで日産の自動運転技術をアピールするテレビコマーシャルで、矢沢永吉がハンドルから手を離しながら「やっちゃえ日産」と言うコマーシャルがあった。私などはあのコマーシャルをみて、自動車会社は運転手に目的地まで着く間、数十分時には数時間あのような不自然な姿勢を取ることを強要するのかとある種の怒りを覚えたものであるが、一般の視聴者の感想はどうだったのだろうか。

とまあ現段階の自動運転技術が運転手不要の完全自動運転という最終目的に対してはまだまだ程遠いものであることを述べたが、これは完全自動運転の実現を否定している意見ではない。完全自動運転の実現の可能性に関しては次回に述べたいと思うけれども、完全自動運転の実現に向けた種々の技術開発や実証実験そのものは極めて重要であることは間違いない。ただ途中段階の実証実験の報道の仕方が、あたかも明日にでも完全自動運転が実現するかのようなセンセーショナルなものになりがちなのに苦言を呈したいのである。

もちろんその責任の多くはセンセーショナルな報道を行いがちなマスコミにあるといえるが、同時に技術開発を行う技術者側の説明の仕方にも問題がないとはいえない。私自身も経験があるが、マスコミに対して発表する側としてはどうしても大きく報道してもらいため、問題点は後回しにして技術が実現できることや未来の可能性を大きくアピールしがちである。技術開発側として心すべきことであろう。

(続く)