シンガポール通信-再び自動運転を考える:シンガポールの自動運転タクシー

シンガポールで世界初の自動運転タクシーのサービス実験が始まったとのことである。何事においても世界初とか世界一が好きなシンガポールらしいが、詳しくニュースを読んでみると別に驚くほどのこともなさそうである。

まず第1に、これはシンガポール発の技術を使っているのではない。サービスを提供しているのは、米国のスタートアップ会社であるnuTonomy(ヌートノミー)である。ヌートノミーはフォードの会長が支援する自動走行ソフトを開発する会社であり、最近新たに17億円の資金を調達したことで話題を集めている。この会社はサムスンも投資しているということで、注目を集めている企業であることは間違いない。

しかしいずれにせよ、シンガポールでの世界初という自動運転タクシーのサービス実験は、自国の技術を用いているのではなくて米国の技術を用いているのである。もっと正確にいうとサービス実験に場所を提供しているだけなのである。それによって「シンガポールが世界初の自動運転タクシーのサービス開始」などとはとても日本では恥ずかしくて言えないが、シンガポールではごくごく当たり前のことである。

シンガポールはもちろん自前の技術の開発に熱心であり、シンガポール国立大学(NUS)をはじめとして研究への投資もおしまない。そのためにこのブログでも取り上げたようにNUSはすでに世界大学ランキングで東大・京大を抜き去って世界のトップテンに迫ろうかという勢いである。

しかし行われている研究の多くは基礎研究のレベルに留まっており、大学の研究が実際に企業において実用化されるとかスタートアップ会社で実用化されるといった例はほとんどない。シンガポールは小国なのでこれもやむを得ないと考えることもできる。一方でシンガポールはアジアと欧州・米国の貿易の中継地として貿易による収入があり、政府はきわめて豊かな資金を持っている。

したがってシンガポール政府は、自前で技術を開発するよりも新しい技術を海外から購入することが効率的であるとして、海外から新技術を導入することにきわめて熱心である。日本などがこだわる自国主義のようなものになんの未練も感じないようである。

研究に関しても同様であって、新しい研究が海外で盛んになりそれが自国にとっても必要であると考えると、その分野の研究者をグループごとシンガポールに招聘するということを平気で行う。大学教員の給与が米国並みもしくはそれ以上であるシンガポールだからこそできることであろう。しかしながら、長期的な考えに基づき自国の技術や研究者を養成・育成するよりも短期的な考えに基づいて海外からの技術や人材の導入を進めることが、長期的にみた場合のシンガポールという国家の発展にとっていいことかどうかはシンガポール政府が良く考える必要があることではないだろうか。

さてヌートノミーによるシンガポールにおける自動運転タクシーのサービス実験に話を戻そう。このサービス実験の中身もニュースを読んでみると、多くの自動車メーカーやその他の会社が行っている実験と同レベルであって、特に目新しいものはないことがわかる。

まず運行はシンガポール全域ではなくてワン・ノースと呼ばれるNUSの近くの研究機関やスタートアップ会社が集まっている地域に限定される。この地域は道路が良く整備されており、通行人もシンガポール中心部に比較してあまり多くないことから、自動運転車の実験には適した地域である。

また、技術者が常に同乗しており、いつでも手動運転に切り替え可能な体制をとっている。これは現在の自動運転技術のレベルからは当然であろうし、またシンガポールの法律も自動車は常に運転手が乗って車のコントロールに責任を持つことを求めていることからも必要である。つまり実際には、運転手がいて自動運転ソフトが運転手をサポートしているというのが正しい解釈であろう。

それと共に、だれでも利用できるわけではなくて、あらかじめ認められ登録してある人だけが利用できることになっている。そのような利用者がスマホで出発地と目的地を入力することにより利用が可能であるということである。タクシーサービスというからにはだれでも利用できるのかと思いがちだが、なんのことはないあくまでも限られた利用者を対象とした「サービス実験」なのである。

同様のサービス実験はUber(ウーバー)が米国ピッツバーグで8月末をめどに開始すると発表していたが、ヌートノミーはそれに少し先んじて世界初のタクシーのサービス実験を始めることにこぎつけたわけである。当然先に述べたように、世界初とか世界一が大好きなシンガポール政府の大きな後押しがあったことは間違いないであろう。

(続く)