シンガポール通信-エンタテインメントに関するハンドブックの編集2

前回、「デジタルゲームとエンタテインメント技術」というタイトルのハンドブックを編集する際に、ハンドブックの約10個の項目ごとの助編者を決めるのが大変であったという経験を述べたけれども、実際にもっと大変なのはそれ以降であることも編集作業に関わって始めて知った。

というのもこれも前回書いたように、各項目の編集を任された助編集者の仕事は結構大変なので、忙しい研究者たちはなかなかその仕事に取り掛かろうとしないのである。そのことは私もよくわかる。研究者の多くは、国際会議や論文誌のための論文の締切に追われていたり、投稿された論文の査読作業に追われていたりする。

基本的には研究生活を卒業したと言ってもいい私でも、これまでのしがらみでよく査読を依頼され、半分以上は断っているものの査読をしなければならない論文を常時2、3個抱えている。現役でしかも脂の乗り切った段階の研究者であれば、数倍の数の査読論文を抱えているだろう。しかも部下や学生の研究や論文書きの面倒を見てやらなければならない。

日々そのような仕事に追われているわけであるから、ハンドブックの助編集者としての仕事を引き受けたとしても、催促がない限りその仕事は他の仕事に比較すると優先順をさげられるのはやむを得ない。私自身もそのような立場ならそうするだろう。

ということは私を含めて3人の主編集者は、常に助編集者の仕事ぶりを観察しておき、仕事の進みの遅い助編集者には催促のメールを送ったりアドバイスをするなどして、仕事の進みを早めるという仕事を常時行う必要があることになる。

ところが偉い先生や研究者になればなるほど忙しいため、そのようなメールを無視しがちである。メール文化が普及して出てきた新しい現象の一つは、自分があまり乗り気でないメールに対し、返事を意識的にしないなどの行為をすることがごく普通になってきたことである。

対面型や電話によるコミュニケーションにおいては、相手を無視するということはほぼ不可能である。(もちろん発信者が表示される電話の場合、出たくない相手からの電話に対しては意識的に出ないようにするなどの手はあるが。)ところがメールの場合はこの無視するという行為が比較的気軽に行えるのである。

もちろん大きな利害関係のある相手の場合は無視することが困難であるが、利害関係のない相手であれば無視しておいても当面の問題は生じない。もちろんそのような相手でも将来的に利害関係が生じてくることがあるので、完全無視というわけにはいかない場合が多い。そのような場合はしばらくほっておいて、こちらに返事をする余裕ができたときに「忙しくて返事が遅れて申し訳ありません」とでもいった謝りの言葉とともに返事をすればいい。

このようなコミュニケーションの方法はメール文化になって初めて生まれてきたものといっていいだろう。私たちもそのようなコミュニケーションへの対処が必要になってきた。返事がないからといってすぐに怒り出したりするのではなく、なぜ返事がこないのかを推測しながらどの程度待てばいいのかなどの対応を考えるというコミュニケーション力をだれもがある程度身につけているといっていいだろう。

各項目毎に引き受けてもらった助編集者の半数はコミュニケーションのレスポンスが良いため、比較的順調に仕事を進めることができた。レスポンスの良い人たちは若い人のことが多い。ところが残りの半数はなかなか返事がこない。しかもこの人たちはいわゆる「偉い先生」なのでなかなか対応が難しい。この人たちにどのように対応するかが主編集者の主な仕事であったと言って良い。

なかなか返事のこない助編集者に対しては、まずはやんわりと催促する。それでも返事がない場合は少し強く催促をする。それでも返事がなければもしくは相手の態度が煮え切らない場合は、助編集者を他の人に取り替えるが良いかと脅しをかけてみる。それでも相手の態度が煮え切らない場合は、実際に助編集者を他の人に取り替えるということに取り掛かる。

これをレスポンスの悪い約半数の助編集者の一人一人に対して行うわけである。これを一人の主編集者がやっていてはストレスが溜まるばかりである。その意味では主編集者を3人にするという当初の判断は正しかったといえるだろう。

こういうことを繰り返しながら約3年かけてやっとハンドブックの全原稿が揃い、出版にこぎつけたわけである。シュプリンガー社もそのようなハンドブックの編集の大変さはよくわかっているようである。このハンドブックのシュプリンガー側の責任編集者は香港支社在住の中国人(Stephen Yeung)であるが、編集作業が終わってハンドブックが出版にこぎつけたことに感謝を評するため、先日わざわざ私の会社が東京に持っているオフィスに挨拶に訪れてくれた。



シュプリンガー社のハンドブックの責任編集者Stephen Yeungと共に