シンガポール通信-バングラデシュのテロ事件

ついに恐れていたことが起こったというべきか。ある意味で日本人を対象としたともいえるテロ事件がバングラデシュで起こった。

バングラデシュの首都ダッカで、7月1日夜高級飲食店に武装グループが押し入って、客などを人質にして立てこもった。立てこもりの開始から約10時間後の2日朝、バングラデシュの治安部隊や軍の兵士などが飲食店に突入し、激しい銃撃戦の上武装グループの6人を射殺、一人を拘束した。

人質となっていた人たちのうち日本人一人を含む13人は救出されたが、20人が遺体となって発見された。うち7人は日本人であった。殺された人たちは治安部隊や軍の突入の際の銃撃戦の犠牲になった人と共に、すでに事前に鋭利な刃物などで殺害されていた人も多いとのことである。

ここで衝撃的なことは、「私は日本人だ、撃たないでくれ」と懇願したにもかかわらず殺害された日本人の方が何名もおられるということである。これまで世界各地で最近頻繁に起こるテロ、特にISなどのイスラム過激派のテロに対して日本人は比較的安全であると言われてきたことが、今回の悲劇で必ずしも正しくないことがわかったわけである。

これに対して日本政府をはじめとして世界各国の政府は「テロは絶対に許されない」というこれまでの立場を再び主張している。日本人の安全を確保することがその使命の一つである日本政府がこの事件に対して「テロは許されない」としか言えないというのは情けないのではないだろうか。

ISに代表されるイスラム過激派もしくはイスラム原理主義派のテロ、特に彼らがなぜテロを起こすのかに関しては、これまでもこのブログで何度も論じてきた。それはムハンマドの教えを絶対と考えアラーを唯一の神とするイスラム教の根本に立ち戻った立場からすると、極端に考えるとイスラム教徒以外は敵であり聖戦(ジハード)の対象となると考えることができるということなのである。

イスラム教は、宗教と社会や政治を一体として考える「政教一致」の立場を取っている。しかしながらキリスト教をはじめそれ以外の宗教は、基本的には「政教分離」の立場を取っている。仏教も明言はしていないが「政教分離」の考え方であろう。
政教一致の立場からすると、日常生活や社会生活・政治も全てそれぞれの宗教の教えの原則の元に行われるべきであるということになる。イスラム教の場合は、「イスラム法」が日常生活の細かな部分に至るまで人々のなすべき行為としてはならない行為を決めており、イスラム教徒はそれに従う必要がある。

宗教の本来の考え方からすると、これが人々の本来の生き方であるといっていいであろう。すなわちイスラム教はある意味で極めて純粋な宗教であり、それを厳格に人々に守ることを求めている宗教なのである。イスラム原理主義とは、まさにこのイスラム教の原理に立ち返った生活様式を守ることを人々に要求するものであるといえる。

しかしながら、社会が多様化し経済・政治活動が複雑化し、また多くの技術が現れそれを用いた日常生活が複雑化した現在においては、宗教の原理にのっとった社会・政治・日常生活を送ることはほぼ不可能であると言えるだろう。したがって現在においては「政教分離」が現実的な解と言えるわけであり、それがほとんどの宗教が政教分離を認めていることの理由であろう。

したがってある意味では、現代においては「政教一致」はすでに過去の考え方であり、それに固執するイスラム原理主義も古い考え方であるという言い方ができる。しかしながら、純粋な考え方であるがゆえに、それは特定の人たちに対して訴える力を持っている。若者、特に現在の社会・政治に不満を持っている若者からすると、現在の社会・政治は不純であり「政教一致」の原理を認めない宗教や人々は敵であるということになるのではあるまいか。

このような立場からすると、イスラム過激派から見るとイスラム教徒以外は敵であり、日本人も敵の中に入ると考えることは自然であろう。日本人がイスラム過激派のテロの対象となりうるのはありうることなのである。そして残念ながらそれが今回起こってしまった。
確かにテロは許されるべきではない。しかしそれを唱えているだけではだめだということも、今回のテロは教えてくれるのではないだろうか。「私は日本人だ、撃たないでくれ」という言葉には、日本人であればイスラム過激派はテロの対象とはしないであろうという考え方が前提としてあるのではないか。

それが通用しないことが、今回のテロ事件でわかった。それではどうすればいいか。消極的な解かもしれないが、私たち日本人も特に海外に出かける際には、空港やレストランなど人の集まる場所においては、テロ事件に巻き込まれる可能性のあることを常に念頭に置いておく必要があるだろう。つまり海外旅行の際には、テロに巻き込まれて死ぬ可能性を常に覚悟しておく必要があるということである。私自身も今週はロンドンに出張するので、テロに巻き込まれる覚悟をしておく必要があろう。