シンガポール通信-ウィリアム・H・マクニール、ジョン・R・マクニール「世界史」:2

ウィリアム・H・マクニールとジョン・R・マクニールは、親子でともに歴史学者である。ウィリアム・H・マクニールは1917年生まれでシカゴ大学名誉教授。このブログでも紹介した、「戦争の世界史」などの著書の著者としてよく知られている。1917年生まれであるからすでに98歳であるが、元気のようである。これに対してウィリアム・H・マクニールの息子がジョン・R・マクニールである。1954年生まれであるから60歳。まだ現役でジョージタウンの教授をしている。父親に比較するとそれほど知られていないが、歴史関係の著書が多く何冊かは翻訳されて日本でも出版されている。

さてこの歴史学者の親子による著書は、副題が「人類の結びつきと相互作用の歴史」とあるように、歴史の流れを国や地域の歴史の流れとしてではなく、徹底的に国や地域の間の相互作用の側面から記述した歴史書としてきわめてユニークである。

これまでの歴史書は、国や地域の歴史の流れに主体を置いていた。具体的には、古代・中世・近世・近代というような大きな時代の区分をした上で、それぞれの時代区分の中でその時代に大きな影響力を持った国を中心として各国の歴史を並置的に記述したものが多かった。もちろん国と国の相互作用も記述されてはいるが、それはあくまで特定の国の歴史の中で他の国との関係を記述するというものであった。

当然ではあるが、それぞれの時代に大きな領土を有していた国はそれだけ影響力が大きかったことが多いわけであるから、大きな領土を持っていた国に関する記述はそれだけ大きいということになるわけである。例えばローマ帝国ギリシャ文明を引き継ぎながら、地中海地方を中心として古代に一大帝国を築き、西ローマ帝国の滅亡をもって古代が終わるというのが一般の時代区分であるから、当然のように歴史書の中でローマ帝国に関する記述は大きな部分を占めていた。

それに対してマクニール親子の「世界史」がどの程度ユニークかというと、なんとローマ帝国の記述は数ページに過ぎないのである。どの歴史書でも大きく取り上げられているカエサル(シーザー)の名前が出てこない。また同様にこれも大半の歴史書では必ず記述されている、ローマとカルタゴの間の戦い(ポエニ戦役)やカルタゴ側の有名な将軍ハンニバルやよく知られているハンニバルによるアルプス越えなどの記述はまったくない。

カエサルハンニバルは歴史の中で活躍した英雄であるのでいずれの歴史書にも取り上げられている。ところが、マクニール親子の「世界史」では国や地域ごとの相互作用の記述に重点を置いているので、そのような観点からは歴史上の英雄や有名人に関する記述は必要ないと考えているのではあるまいか。

そのような観点から再びこの著書を読んでみると、確かに歴史上の英雄・有名人の名前はほとんど出てこない。つまりある時代に何かが起こった時に、それに誰が関わっていたかに関しては興味がないため、人物名も出てこないのであろう。

歴史を各時代の英雄や有名人にライトを当てて記述する歴史書は多い。特に漫画歴史書のようにともかくも読者の興味を引き楽しく読んでもらうことが最大目的である歴史書の場合、英雄や有名人の歴史の中での役割に焦点を当てて記述することが通常である。それに対してこの著書は、全く正反対の立場から歴史を記述しているのである。

この著書では人類の結びつきと相互作用を表現するために「ウエブ」という言葉を使っている。ウエブは現在ではきわめて普通に使われている言葉であるが、本来は蜘蛛の巣のことである。いいかえればネットワークと言っていいであろう。なぜネットワークと言わずにウエブという言葉を使っているのかは不明であるが、多分歴史書の中でもネットワークという言葉はあまりにも使われてきており、陳腐化しているため歴史書の中では使われることのないウエブという言葉を使おうとマクニール親子が考えたのではあるまいか。

また時代区分もユニークである。従来の世界史の歴史区分は以下のようなものがつうじょうであった。
古代:文明が発生してから5世紀の西ローマ帝国の滅亡まで
中世:5世紀の西ローマ滅亡後15世紀の東ローマ滅亡まで
近世:ルネッサンスから18世紀の産業革命まで
近代・現代:それ以降

ところがこの本ではたとえば上記で中世にあたる以下のような時代区分がなされている。
人類の始まり
食料生産への移行(1万1000年前〜3000年前)
旧世界におけるウエブの文明(紀元前3500〜紀元200年)
旧世界とアメリカにおけるウエブの発展(200〜1000年)
ウエブの濃密化(1000年〜1500年)

ウエブという言葉が頻繁に現れるように、各地域間の関わりに重点を置いた記述になっていることがわかる。同時にアメリカという言葉が示すようにヨーロッパ中心の記述ではなくて、かなり初期の段階から南北アメリカやアフリカの文明がその他の地域の文明とどのように関わってきたのかが記述されている。