シンガポール通信-ウィリアム・H・マクニール、ジョン・R・マクニール「世界史」

以前にこのブログで、ウィリアム・H・マクニール著の「戦争の世界史」を紹介した。それまでの世界史に関する書物の大半は、世界史とは言いながらヨーロッパ・中国・アメリカなどの特定の国もしくは地域の歴史の記述が基本となっており、その意味では複数の地域の歴史を並列的に述べたものに過ぎなかった。そのために、結局はそれぞれの地域の歴史の記述が独立に行われることとなりやすいという欠点を持っていた。つまり異なる国・地域のかかわりの歴史に関する記述が軽視されることとなり、全体としての世界の歴史の流れが掴みにくいという欠点があったのである。

それは翻ると、歴史というものが年代の列記に過ぎないものと捉えられやすいことを示している。つまり簡単に言うと「歴史はつまらない」という印象を与えやすいのである。私自身も義務教育や高校の教育を通して歴史が面白かったという記憶がない。コロンブスアメリカ発見が何年であるとか、鎌倉幕府の成立が何年であるとか、歴史上の著名な年を覚えるのが歴史の勉強であるという印象を持った覚えがある。

もちろん、それらの国・地域の歴史は相互に関わりながら世界全体の歴史を作り上げているわけである。これまでの歴史書は個別の国・歴史の記述の寄せ集めではないかと悪口を言ってきたが、もちろんこれまでの歴史書でも異なる国・地域のかかわりに関する記述は含まれているわけであろう。歴史が好きだという人たちは、歴史に興味のない人にとっては味気ない歴史の記述から、異なる国・地域のかかわりを読み解いたり、また歴史を作り上げている人々の生活を想像できる能力を持っているのだろう。私も含めて理系の人間はそのような能力が不足していると言えるのかもしれない。

しかし多くの人にとってこれまでの歴史の記述は大変に退屈なものであったことは間違いないのではないだろうか。それはNHK大河ドラマが未だに高い視聴率をキープしていることからもわかる。現在放映されている「真田丸」を含めて、これまでのNHK大河ドラマの大半は戦国時代もしくは幕末時代を背景としたドラマである。

戦国時代もしくは幕末時代というのは、日本の歴史の中では極めてダイナミックに物事が動いた時代である。その時代の誰かを主人公に取り上げて人間ドラマとして歴史を描こうというのが大河ドラマの基本コンセプトであろう。特に今回の「真田丸」も含めて、織田信長豊臣秀吉徳川家康などの戦国時代の代表的武将達により戦国動乱の世が最終的に徳川幕府の成立という形にまとまっていく時代は、極めて人々の興味を引き心に訴えるところを持っているのではあるまいか。したがってNHKがその時代を種々の切り口からドラマ化してみようという気持ちはわかる。

それにしても私などは、同じ時代を別の人を主人公として良くもまた何度もドラマ化できるものだと呆れてしまう。しかしそれでも高い視聴率を維持できるのは、学校で学んだ味気ない歴史を人間ドラマとして鑑賞することにより、それがエンタテインメントとして楽しめると同時により深い歴史の理解につながると人々が考えているからであろう。

その意味では、ウィリアム・H・マクニール著の「戦争の世界史」はこれまでの歴史書とは一味異なる歴史書である。この本の特徴は、「戦争」をキーワードとしながら、世界の歴史を異なる国や地域、特に西洋と東洋の歴史の比較や相互のかかわりの観点から記述していることにある。

私たちは先に述べたこれまでの歴史書の記述の持つ欠点のために、東洋と西洋の歴史を全く独立したものとして理解しやすい。たかだか西洋と東洋の歴史を結ぶものとして私たちの頭に浮かぶのはシルクロード程度のものではないだろうか。

それに対してウィリアム・H・マクニールの「戦争の世界史」では、もちろん戦争という観点からであるが、常に西洋と東洋を比較しながら歴史の流れを記述している。特に私が強い印象を受けたのは西暦1000年から1500年の間は中国が文化的にも科学技術的にも西洋を凌駕していたという記述である。中国の宋の時代には製鉄業が発展し、産業革命時の英国を凌駕するほどの鉄の生産量を誇っており、ある意味で産業革命が起こっても不思議ではないような状況にあったという記述などは、それまでの西洋中心の歴史記述に慣れさせられている私にとっては大変印象に残る記述であった。

もちろん西洋中心の歴史記述だけではなくて西洋と東洋を比較する歴史記述や中国の文化や科学技術を西洋のそれと比較し中国の歴史を正当に評価しようとする姿勢は西洋の歴史学者の間でも最近はよく見られるようになってきた。その最たるものがジョゼフ・ニーダムの「中国の科学と文明」であろう。

ウィリアム・H・マクニールの「戦争の世界史」も西洋重視の歴史記述を超え、西洋と他の地域を公平に比較しながら世界の歴史を記述しようとしたものだと理解できる。そして、ウィリアム・H・マクニール、ジョン・R・マクニールという親子の歴史学者による「世界史」は、西洋中心の歴史観を超えてまさに一般的な観点から世界の歴史を記述した本だと言うべきであろう。