シンガポール通信-なぜ西洋世界は東洋世界を凌駕したか?:2

中国の科学技術がある時点までは西洋のそれを凌駕していながら、その後停滞もしくは後退して、結局西洋に追い抜かれたことを述べた。そして現在では、西洋が科学技術に関して中国も含めその他の世界の国々を大きく引き離している状態である。これはいいかえれば、科学技術に関して西洋が世界を支配している状況になっているといえよう。

それがどのような理由によるのかに関して、いろいろな本を読んだりして勉強しているのであるが、なかなかいまひとつ納得できる説明に出会わない。なぜ科学技術に関して現在は西洋が世界を支配しているのかということに関し、最初に問題提起を行ったのはイギリスの科学史家であるジョゼフ・ニーダムである。彼は自分のところに留学してきている中国人の留学生が極めて優秀であることから、なぜそのような優秀な学生を生んでいる中国が科学技術において西洋に比較して大きく遅れをとっているのかという問題意識を持つようになった。

そして彼は中国の科学技術の歴史を研究し、その結果をまとめて「中国の科学と文明」という本を出版した。この本によって彼は、中国が科学技術においていかに優れた発明・発見を行ってきたかということを示した。それまで歴史的に科学技術の面で西洋が圧倒的にそれ以外の国々を凌駕してきたと信じてきた西洋の人たちにとっては、科学技術に関して中国が西洋を凌駕する成果をあげてきたという事実は大きなショックであったといわれている。

しかしながら、産業革命以降の歴史においてはは明らかに西洋が中国を凌駕してきており、これはたしかな事実である。というよりは、中国が科学技術において近年何か新しいものを作り出したという話は、全く聞かないといった方がいいのかもしれない。その状況は現在も続いており、例えばノーベル賞に関してはやっと昨年医学生理学賞を中国の女性研究者が受賞したが、それまでは中国はまったく科学技術に関してノーベル賞とは縁のない国であった。

ということは、「中国の科学と文明」に記述されているように、過去において中国は科学技術においては優れた成果を出してきたのに、ある時期をきっかけに科学技術の進歩が停滞したことを示している。つまり「なぜ西洋が科学技術において現在では世界を支配しているのか」という問いは、「なぜ中国の科学技術はかっては西洋を凌駕しておきながら、ある時期をきっかけに停滞するようになったのか」という別の質問に置き換えることができるのである。

そしてそれは中国に限らない。イスラムも8世紀ごろまでは科学技術・文化に関してはるかに西洋を凌駕していたのにその後停滞期に入り、現在では科学技術に関しては後進国であるとみなされている。つまりイスラムにおいても西洋との関係では中国と同じ状況が生まれたのである。しかもそのような状況は中国より先に生じたと考えられるのである。

それがなぜかに関しては、多くの研究者が多くの意見を出していると考えられる。私はもちろん歴史の専門家ではないので、どのような意見が専門家の間から出ているかに関しては詳しい知識は持っていないが、どうもこの点に関しては専門家たちの間で一致した説というのは現時点では存在しないということのようである。

ということは、私も私自身の勝手な意見を述べてもいいだろうということではないだろうか。ということで、まったく浅学ではあるがこれまでに学んだことから私の考えを述べてみよう。中国の科学技術がある段階で停滞したのはもちろん多くの理由があり、その複合的な作用の結果として科学技術の発展の停滞、そしてその結果としての社会の発展の停滞が始まったのだと考えられる。幾つか考えられる原因を列挙してみよう。

1.中国の哲学思想(儒教老荘思想など)が科学技術の発展に不可欠な論理的思考を深く進めることを妨げた
2.中国が統一国家であったことが、科学技術の発展に不可欠な競争状態を生むのを妨げた
3.科挙で選抜された官僚が、新しい思想や科学技術に対する反感があった
4.一般の人たちの間にも新しい技術に対する反感があった
5.科学技術と密接な関係がある商業社会が中国で発展しなかった
6.人々の思考や行動様式が西洋社会に比較して対外進出的、攻撃的でなかった

もちろんここにあげた理由は、現時点ではまだよく整理されたものとはいえない。それぞれが互いに関連し合っているのものであるとともに、もしかしたらある理由は他の理由の中に含まれるような可能性もあるだろう。しかしともかくも上に述べた理由のそれぞれに関してさらに考えてみよう。