シンガポール通信-高階秀爾「日本人にとって美しさとは何か」4

高階秀爾「日本人にとって美しさとは何か」に書かれている日本絵画の特徴は、主として3点あることを説明した。それ以外にも幾つか細かな特徴があるので、最後にそれらに関して考えてみたい。

ひとつは、日本絵画においては文字と絵が混在していることが多いということである。これは日本絵画に限らず中国の水墨画などでも見られる特徴なので、日本絵画というより東洋絵画の特徴であるということができよう。ところが西洋絵画においては、絵画の中に文字や文章が書き込まれているということはほとんどない。

この大きな違いは、西洋と東洋の言語の違いによるものと考えることができる。西洋を代表する言語である英語は、表音文字であるアルファベットで表記される。アルファベットの個々の文字は、表音文字であるから意味を持たない。単なる記号である。従って、描かれる個々の対象物が意味を持っている絵画とは親和性が少ない。

それに対して、東洋の代表的な文字である漢字は表意文字である。個々の文字は意味を持っている。そしてその文字の起源が象形文字であることからわかるように、個々の漢字は具体的な対象と深く関係している。例えば「日」という漢字は、太陽を図形化したものを起源としている。このことは、漢字と絵画が深い関係にあることを示している。ひらがなも基本的には漢字を簡易化したものであるから、漢字と深く繋がっていると考えられる。

このように文字と絵画の関係が深いことから、絵画の中にしばしば文字や文章が記されることあるというのが日本絵画の特徴であり、また漢字の生まれた中国の絵画の特徴である。一方で西洋では、記号であるアルファベットと絵画の関係が薄いことが、絵画の中にほとんどと言っていいほど文字や文章が記されない理由である。

また別の説明をすることもできる。西洋では言語は論理を表現するものであると考えられてきた。一方で絵画は感性的・感情的なものを表現すると考えられてきた。さらに西洋では論理と感性・感情は人間の心の働きの二つの正反対のものと考えられてきた。このことが、感性・感情の表現である絵画の中に論理の表現である文字や文章が入り込むことがなかった理由と考えることができる。もちろん詩のように言語を用いて感性・感覚を表現する形式も存在するが、それは言語の働きの特殊な場合であると考えてこられたのである。

一方で東洋では、言語は論理を表現するものとは考えられてこなかった。むしろ中国の漢詩、日本の和歌や俳句に見られるように感性・感情を表現することこそが言語の役割であると考えられてきた。いやもっというと論理的思考とは論理表現というものそのものが東洋では発達してこなかったといえるかもしれない。

東洋には論理がないというと極端な言い方に聞こえるが、私たち日本人を含めて東洋人の多くが、プレゼンやディベートにおいて論理を整然と展開することに得意でないことは広く認められてきたことであろう。東洋においては言語は感性・感情的表現に用いられてきたと断言してもあながち誤りであるとは言えまい。

そのことが東洋においては絵画と文字や文章が並存することが多い理由になっているのであろう。その代表例は百人一首であろう。選ばれた百人の歌人の和歌がそれぞれの和歌にふさわしい絵画とともに描かれている歌がるたは、私たち日本人にとって大変親しみ深いものであろう。


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歌がるたの例(小倉百人一首


もう一つ日本絵画にとって特徴的なものとして「余白の美」があげられるだろう。これは先に述べた日本絵画の特徴である「対象とするものを強調し他を大胆に切り捨てる」とも関係が深いが、それとともに切り捨ててできる余白自身が美しいという美意識に通じている。

これは墨のみによって描かれた白黒の水墨画などで、特に強調されている美意識である。下に示したのは長谷川等伯による「松林図」である。ここでは数本の樹木が濃墨や薄墨で描かれるとともに、それ以外の画面は空白によって占められている。
樹木が濃墨と薄墨で描かれていることにより、あたかも松林が霧で覆われているかのような印象が醸し出されている。そのことが樹木が描かれていない空白においても霧に覆われた向こうに何かが存在しているかのような印象を鑑賞者に与えている。

このような手法により、何も描かれていない空白によって人々の想像力をかきたてることに成功しているのである。作曲家ジョン・ケージの代表作に「4分33秒」がある。これは4分33秒の間ピアニストがピアノの前に演奏をせずに座ったままでいるという作品である。

本来演奏が行われるべきピアニストとピアノが演奏が行われないままで時が過ぎることにより、聴衆が音のない「無」の空間を感じることのできる前衛的な音楽として有名である。これも空白の美もしくは余白の美といえるものであろうが、日本絵画ではすでに水墨画のせかいでそれをずっと以前に実現していたのである。



長谷川等伯「松林図」