シンガポール通信-ブログ再開2

「携帯文化」に代表されるようなアジア的行動様式を欧米人が取るようになってきたのは、極めて大きな変化であると前回書いた。長年の歴史と文化に根付いた人間の基本的な思考様式・行動様式というのは、時代が変わってもそれほど大きく変わるものではないのではないだろうか。

例えば私たち日本人の根底にあるのは、仏教思想であり儒教思想であるということができる。日本人がいろいろな場面で見せるお互いに助け合う精神や、個人としての思想・活動より組織としてのそれを優先する行動様式は、その根底を仏教や儒教に負っているのではなかろうか。

本来仏教も儒教も中国から渡来してきたものであり、それを日本古来の自然崇拝を基本とした神道と融合したものが現在の私たちの思考・行動様式の基本となっているといえる。いやもっというとその本元の中国においては、文化大革命とそれに伴う混乱のために仏教や儒教に対する崇拝の念が失われてしまっているのではないだろうか。本来中国が持っていた仏教思想・儒教思想がむしろ現在では日本において純粋な形で残っているのではないだろうか。

最近中国及び台湾からの日本への旅行者が急増しているといわれている。特に国家間の関係においては中国と日本は最悪の状態は脱しつつあるとはいえ、まだまだいい状態とはいえない。それにもかかわらず中国からの旅行者が急増し日本においてショッピングや観光を楽しんでいるという風景は微笑ましいと同時になぜだろうという感覚を私たちに与えないだろうか。

もちろんそれは、日本の工業製品の品質の良さに惹かれて日本にきてショッピングをするという彼らの行動様式の一つの説明にはなる。しかし日本の歴史的遺産の観光を楽しむという観点からすると、日本の文化の歴史がたかだか2000年であるのに比較すると中国は4000年さらにはそれ以上の長い歴史と文化を有しており、日本の歴史的遺産が彼らにとってそれほどの驚きであるとは思われない。

とするならばむしろ中国からの観光客が日本での滞在を楽しんでいることのもう一つの説明は中国では失われてしまった(本当に失われたのか現時点ではそう見えるだけなのかはまた別に論じる必要があるが)儒教や仏教に根ざした思想・行動が現在の日本人にはまだ脈々と生きており、いわば中国からの観光客は日本に来ることによって彼らのルーツに出会ったような気持ちになるのではないだろうか。

このことは現在と過去が実は密接につながっており、過去とは断絶した全く新しい思想・行動様式が生まれるということはなくて、新しく見える思想・行動様式の大半は過去に存在したものが新たな衣をまとって出てきたものであるということを示唆していないだろうか。

このような考え方からすると、欧米人のコミュニケーションの場面における考え方や行動の仕方が大きく変わってきているとすると、それは彼らが新しく取り入れたものというより、本来彼らが持っていたものではなかろうか。このように考えることが自然なことではないだろうか。

そのような考え方に基づくと、西洋の思考・行動様式とアジアにおける思考・行動様式をその根源にさかのぼって調べてみようという気持ちになってくる。このような考え方に沿って私はギリシャ哲学と中国哲学に関する本を読み始めた。欧米の技術・文化をアジアにおいてもっとも取り入れることに熱心なシンガポールという国に滞在中にこのような本を読むというのも変わっているかもしれない。しかし週末などは暑くて屋外に出ることがためらわれるため、涼しい屋内で読書にいそしむというのは、週末の過ごし方としてはなかなかスマートなものだったと思っている。

プラトンを中心としたギリシャ哲学を勉強してみると、人間の精神を理性と感情に分けて理性を優れたものとするという考え方に出会う。いわゆるロゴス(理性)とパトス(感情)の分離とロゴス優位の考え方である。これこそがそれ以降の西洋の思考・行動様式を律することとなった考え方である。いやもっというと、プラトン以降の西洋の2500年におよぶ歴史は、この基本的な考え方に基づきいかにその考え方を人々の間に広め、教育の基本原理とし、日々の生活の基本原則とするかということに費やされてきたのではないだろうか。

ということは実はそれ以前には理性と感情が渾然一体となっていた時代があったのである。動物においては理性と感情が渾然一体となっている。人間を他の動物と差別化する基本的な考え方こそが理性を人間の最上のものであるとするプラトンに端を発する西洋の考え方なのである。

しかしもう一度言うとギリシャ哲学が明確に宣言する以前は理性と感情が渾然一体となったいたのであり、プラトンが現れてからも長い間一般庶民においては理性と感情は一体となっていたと考えられる。

そのことは実は、「携帯文化」というのは理性と感情を再び渾然一体とした時代へと人々を、特に欧米の人々を引き戻そうと引き戻そうとしているのだといえるのではないか。これが私が「アジア化する世界」の中で主張したかったことである。