シンガポール通信-「京大おもろトーク」2

そして7月下旬に第2回の京大おもろトークが開催された。今回のテーマはなんと「京大解体」である(下記のポスター参照)。アート的な考え方によって京大がかって持っていた強烈な個性やアイデンティティを取り戻そうという訳であるが、これはまたいかにもダイレクトなテーマである。

私はまさに、「大学解体」を叫んで始まった大学紛争が京大で最高潮に達した昭和44年に京大を卒業した。大学の本部構内が封鎖されたため、とても卒業式どころではなかったのを覚えている。そのため「京大解体」というラディカルなテーマを耳にすると、大学紛争の事を思い出してしまい、京大をつぶすという過激な内容を予期してしまう。

京都の市民も年配の方は大学紛争の頃を覚えておられる方も多いであろうから、同様の感覚を持たれたのではないだろうか。しかしながら前回も書いたように、その真意はアート的な考え方言い換えると常識を覆すような考え方を導入する事によって、ある意味で硬直化している京大を再構築しようというところにある。その意味では、京大をつぶすという否定的な意味ではなくて、京大を再構築しようという前向きの議論になる事を期待したテーマである。

今回の外部から招待する講演者としてはアーティストの森村泰昌氏にお願いした。森村氏は、有名な歴史上の人物や絵画に描かれた人物に自分がなりきった様子を自画像的に写真にとどめるアート制作手法(森村氏自身はこれを「セルフポートレート」と呼んでおられる)で良く知られている。

アーティストの絵画などの作品は何らかの対象を描きながらもそれが自分の内面の表現である事が多いが、時には直接自分自身を対象として描く事がある。これは自画像と呼ばれるが、自分自身を描く事によってより直接的に自分の内面を表現しようとしたものだと考える事ができよう。

森村氏のセルフポートレートはさらにそれに加えて、自分自身が何かの役になりきった自画像を写真にとらえるという複雑な構成になっている。つまりそれは自画像を描くことにより自己表現をするという画家の芸術行為と、他人になりきることによって自己表現をするという俳優の芸術行為が重なった自己表現行為なのである。なんだか難しい表現になったが、常識を打ち破る芸術表現行為である事は間違いない。

それに対する京大内の講演者としては、一人は総合人間学部の酒井敏先生にお願いした。酒井先生の専門は環境学で天候の予測などの研究をやっておられるが、同時にカオス理論などの専門家でもある。酒井先生の話によると、柔軟な考え方や境界をまたいだ考え方(悪い言い方をすると「少々いいかげんな考え方」)は、最近よく耳にするスケールフリーネットワークという立場からすると説明しやすいということである。そしてかっては京大の人々の考え方がスケールフリーナットワーク的なものだったのが、最近では組織の硬直化に伴い通常のネットワーク(トリーネットワーク)的な考え方が蔓延し始めているのではという問題提起をされた。

もう一人の京大内部の講演者は学生の大塚亮真君である。大塚君は大変ゴリラに興味を持っており、将来はゴリラを専門とする写真家になりたいとの事である.いわばアーティストの卵である。山極先生の弟子としてゴリラ学を専門とする研究者になる道も開かれているため恵まれた立場にいるとも言えるが、本人は真面目にゴリラ専門の写真家として生きて行くつもりである。

それぞれに、単なる研究者の集合としての京大のあり方には疑問を持っている3人の組み合わせなので、「京大解体」というテーマに関してある程度切り込む事はできたと思う。しかしながら「京大解体」というテーマが十分に議論し尽くされたかというと、時間の制約もあり残念ながら十分な議論を尽くすところまでは行かなかったと感じている。もちろんそれは司会の責任でもある。次回は10月頃を予定しているが、もう1度「京大解体」というテーマに取り組むか、それとも「京大再構築」というその先のテーマに取り組むか、難しい選択ではある。



「京大おもろトーク」のちらし



京大時計台の建物の2階で行われた「京大おもろトーク」の会場。150人入る会場がほぼ満席であった。次回からはもっと収容人員に余裕を持った会場設定が必要と思われる。



3名の講演者に私を加えて4名の配置。



森村さんのトーク。森村さんはなかなかの論客であって、身振り手振りを交えて説得力のある話であった。



森村さんのトークは自分自身の作品を紹介しながらのものであった。これはチャップリンの有名な映画「独裁者」の主人公に森村さんがなりきっているところ。(http://www.morimura-ya.com/category/gallery/requiem/のイメージを使わせてもらいました。)



これは酒井敏先生が話されているところ。理系の研究者であるが大変わかりやすい内容で、垣根を越える考え方をスケールフリーネットワークと言う立場から説明された。



これは大塚亮真君のトーク。大塚君はまだ4回生であるが先輩の酒井先生や有名なアーティストの森村さんに引けを取らない内容の濃い話であった。



聴衆からのあらかじめ質問を受付け、代表的な質問に対して講演者に答えてもらった。これは森村さんに対する質問に本人が答えているところ。



最後に土佐先生にアートな京大を目指した取り組みに関する期待を述べてもらって閉会した。