シンガポール通信—ドローン騒動に思う2

前回も書いたが、現在騒がれているドローンは飛行用のローターと呼ばれる回転翼を複数個(通常は4〜8個)有するものである。ヘリコプターが通常は1つのローター(ローターの回転方向と逆方向に機体が回転するのを防ぐために、通常は主ローターの他に補助ローターを有している)なのに対して、ドローンは複数のローターを持っている事になる。

複数のローターを持っているものをヘリコプターに対してマルチコプターと読んでいる。ここでは以降は現在騒がれているドローンの大半がマルチコプターを指していることから、ドローンと言わずマルチコプターと呼ぶ事にしよう。

マルチコプターが複数個のローターを持っていると何が有利なのか。素人でも推察できる事であるが、それは飛行中の機体が安定している事であろう。ヘリコプターは一つのローターで上昇・下降と前進運動の両方をコントロールする必要があるため、大変操縦が難しいといわれている。そのことはホビー用のヘリコプターにおいてもリモコンによる操縦が難しい事を示している。そしてそれが、これまでホビー用のヘリがあくまで機体を飛ばして楽しむというレベルにとどまっており、カメラやビデオカメラを搭載した空撮などのより実用的な用途にあまり使われてこなかった理由であろう。

それに対してマルチコプターは、複数個のローターを互いに逆方向に回転させる事によって機体の回転を防ぐ事ができ、かつ上昇・下降の運動を複数個のローターで共同して行う事ができる。このことが従来型のヘリコプターに比較して安定した飛行が可能である理由と考えられる。

しかし当然ではあるが安定した飛行が実現できる事は、何かを犠牲にしている事になる。それはこれも素人の推察であるが飛行性能であろう。マルチコプターは見た目いかにも安定した飛行が可能なように見えるが、反面高速度での移動や空中での種々の飛行姿勢をとるなどの飛行性能に優れているとはとても見えない。つまり比較的ゆっくりした動きで安定して飛行できる事がマルチコプターの特徴なのであろう。

これは一般の人がホビーとしてマルチコプターを飛ばして楽しむには向いているだろう。そしてこれまでの無線操縦のヘリが安定性に優れず、カメラを搭載して空撮などを行う事が素人には難しかった事に対して、だれでも比較的安価にカメラやビデオを搭載したマルチコプターを飛ばして、空中からの撮影ができるという特徴は持っているといえる。

しかしである。このような特徴はホビーとしては適していると思われるが、これはテロに使えるだろうか。答えはノーである。マルチコプターのように比較的ゆっくりと飛行する物体は銃などで容易に撃墜できる。しかもローターを複数個有している訳であるから飛行音がうるさくてすぐ敵に感づかれるであろう。

さらに現在販売されているマルチコプターは、高価なものであってもまだまだ高々数キロ程度の荷物しか搭載できない。またバッテリーで飛行するためバッテリーの持続時間は高々数十分、高価な機種でも30分〜1時間以内である。これではまだまだ玩具の域を出ないと考えざるを得ないではないか。

対するに米軍が使用している無人機ではどうか。プレデターを例にとると、最大速度200キロ以上、最大上昇高度7000m以上、最大飛行時間40時間、最大武器搭載量約200キロという性能を有している。これを通信衛星を介した遠隔操縦で操縦して、偵察や攻撃に用いている。なるほど武器として使用するには、この程度の性能が必要だと言う事がわかる。

したがって再度マルチコプターに関して言うと、現状のマルチコプターは玩具に過ぎず、テロ攻撃に用いるなどはまだまだ先の事である。首相官邸の屋上にマルチコプターが墜落した事から大騒ぎになっているが、なんのことはないホビー用の無線操縦飛行機がコントロールを失って落下しただけの事ではないか。風に飛ばされたポスターなどが首相官邸の庭に舞い込んだのと同類と考えてもいいのではないか。

もちろん今回の事件は、原発稼働に反対する個人が意識的に福島の放射能を含んだ砂を搭載しかつ意識的に首相官邸の屋上に落下させたわけであるから、ホビーの延長と理解する訳には行かないだろうが、まだまだテロとは言いがたいレベルではあるまいか。まあ首相官邸前でデモをするのを、最新のおもちゃを使って行ったというレベルではないだろうか。それをマルチコプターがテロに使われる恐れがあるから、飛行を禁止させようなどという議論になっているのは、少々滑稽である。

もっともそれではマルチコプターの飛行に関する規制があるのかどうかが問題になる.首相官邸に落下したマルチコプターは無線操縦の模型飛行機のたぐいである。模型飛行機の飛行に関する規制としては、現状では航空法に定められている「飛行に影響を及ぼす恐れのある行為」があるだけで、つまり飛行場周辺を除けば自由に飛ばして良い事になっている。

これもまた、ホビーで模型飛行機を広場で飛ばして楽しんでいる人などだけを対象として考えた、なんとものどかな規制である。だれでも簡単に扱えるようになると、今回のように面白半分かもしれないが人を驚かせてやろうなどという用途に使う人間が出てくるであろう。その意味で、無線操縦の模型飛行機全般に関する規制を見直すには良い機会かもしれない。