シンガポール通信−グーグルグラスの個人向け販売中止の本当の理由

グーグルが開発を進めていたグーグルグラスの個人向け販売の中止を決定したとのニュースがネットに掲載されている。このニュースに接して私はさもありなんという感想を持った。

日本経済新聞のネット向けニュースによると、米グーグルは1月15日に眼鏡型のウエアラブル端末であるグーグルグラスの個人向け販売を中止すると発表した。グーグルグラスに関しては以前から、内蔵型のカメラを使用して他の人にそれと悟られる事なく自由に写真を撮ることができるため、公共の場でこの行為を行うと個人のプライバシーを侵害するとの懸念が多くの人から提出されていた。

今回のグーグルの判断はこのような懸念を考慮に入れたもので、今後は法人向けの市場の開拓に力を入れるとの事である。同時にこれまで1台1500ドルで販売していたソフトウエア開発者向けの初期モデルの販売を19日で終了する事も発表した。

このニュースを巡っては多分ネット上で様々な意見が飛び交っていると思われる。多分その意見の多くは、上記の個人のプライバシーを侵害するという懸念の是非、そしてまたそれを考慮したグーグルの判断の是非に関するものだろうと思われる。

しなしながら私自身としては、グーグルがこの判断を下すこととなった本当の理由は上記のような個人のプライバシー侵害に対する懸念を考慮したところにあるのではなく(もちろんそれも理由の一つだろうが)、グーグルグラスが商品として普及するだけの商品価値を持っていないと判断したのが本当の理由であると推察している。

眼鏡型端末も含め多くのウエアラブル端末が古くから提唱されてきた。眼鏡型に加え腕時計型さらには衣服型などのウエアラブル端末が提案され研究されかつ多くのプロトタイプが試作されて来た。特に眼鏡型ウエアラブル端末は、最初のアイディアの提唱は米国のMITであるが、日本人の感覚に合っているのか日本では多くの研究が行われて来た。2014年には試作品を超えて商品レベルのものがセイコーエプソンから発表され、さらにソニー東芝なども試作品を発表したりしている。その意味で日本では米国以上に眼鏡型ウエアラブル端末に対する期待は大きい。

しかしながら現実問題としては、眼鏡型ウエアラブル端末はアイデアの提唱から長い年月が経っているのに商品としては普及していない。それに加えて今回のグーグルの発表である「グーグルグラスを個人向けに販売する事を中止する」という発表は、日本における眼鏡型ウエアラブル端末の研究開発に水を差すものである事は間違いない。

大きな期待が持たれていた眼鏡型ウエアラブル端末がなぜ普及しないのか。その最大の理由はスマートホンの急速な普及であろう。当初眼鏡型ウエアラブル端末に大きな期待がかけられていたのは、パソコンを持ち歩かなくても眼鏡型の端末がネット接続されることにより、常時ネットワークを介して多くの情報を得ることができ、またメールなどを送ることができるという期待感によるものであった。

ところが、スマートホンが急速に普及し、かつほとんどの人がそれを常時ネットワークに接続させて情報をネットとやり取りするという状況があたりまえになると、眼鏡型ウエアラブル端末に対するニーズがあまりなくなって来たのではあるまいか。眼鏡型ウエアラブル端末を持たなくても電車・バスのなかでもかつ歩きながらでも常時スマートホンを操作する事が多数の人に取って当たり前の行為になってきたことによって、眼鏡型ウエアラブル端末はその最大の利点を失ってしまったのである。

もう一つの大きな理由は常時眼鏡をかけるという行為が眼鏡をかけていない人に取って馴染みのない行為だからである。多くの人が眼鏡をかけているとはいえ、眼鏡をかけていない人に取って常時眼鏡をかけるという行為は大きな抵抗感を伴う。そのような抵抗感に打ち勝ってまで眼鏡型端末を使うにはそれなりの大きなメリットが必要である。

上記のように人々が常時スマートホンをチェックしているという行為が当たり前になって来ると、眼鏡型ウエアラブル端末に求められるのは例えばメールの到着を知らせるというようなたかだかスマートホンの補助的役割であろう。このような補助的な役割のために人々が常時眼鏡をかけるという、いわば新しい文化を身につけてくれるとは期待しにくい。

ウエアラブル端末として現在最も普及の可能性のあるのは腕時計型端末であろう。現在提唱されている腕時計型端末の使用法も、メールの到着を知らせるとか電話の着信・発信を行うとかのスマートホンの補助的役割に過ぎない。しかしながら、時計を常時身に付けるという文化は人々の行為としてすっかり身に付いたものになっている。

したがって時計機能を主機能としてそれにスマートホンの補助機能を加えるという戦略を取れば、腕時計型ウエアラブル端末は普及する可能性がある。そしてそのような戦略を取っていると思われるのは現在のところアップルである。アップルの時計型ウエアラブル端末はそろそろ発売されるらしいが、それが売れるか否かはウエアラブル端末の将来を占うのに大きなヒントとなろう。

それにしても、連戦連勝止まる所を知らないかに見えたグーグルの新しい技術の開発や新しいサービスの提供という企業戦略がここに来て少し足踏み気味に見えはしないだろうか。自動運転車の技術に関しても他企業に大きく先行して話題を振りまいたが、最近は自動車メーカーが本腰を入れ始めるとたちまちにして自動車メーカーに追いつかれさらには追い越されようとしている。やはりグーグルと言えども万能ではないのである。