シンガポール通信−フランスのテロ事件の真の原因は何だろうか:テロに反対だけではテロは防げない2

なぜアルカイダイスラム国などのイスラム教を基本とするグループの過激派がテロを行うのか、そしてそれを防ぐにはどうすれば良いのかは大変重い問題であり、そう簡単に解決策が得られるような問題ではない。それは前回・前々回にも書いたように、この問題がイスラム教の価値観とキリスト教の価値観の衝突に基づいたものであり、かってイスラム諸国と西欧諸国が十字軍を含め何度も衝突を繰り返した歴史のその現代版だからである。いわばイスラムから西欧に対して行われている現代版十字軍とも言えるものなのである。

さらに問題を複雑しているのは、この戦いが実はその勝敗がすでに決している事である。かって西欧文明とイスラム文明が衝突していた際には、いずれの力も拮抗しておりいずれが勝つかは事前には予測不可能であった。しかし現在の米国も含めた欧米諸国とイスラム諸国の力の差は歴然としており、欧米文化や欧米の科学技術がイスラムに次々と流入しつつある流れを止める事は出来ない。

つまり欧米文明の基礎であるキリスト教的価値観が、イスラム文明の基礎であるイスラム教的価値観を圧倒しつつあるのである。イスラム諸国の人々は、欧米の科学技術をそれが便利であるという理由で無差別に取り入れているであろう。厳密に言うと実はその行為こそが、アラーが世界を創造し現在も時々刻々と再創造しているというイスラム教の基本原理に反するものなのである。ということは、欧米の科学技術の成果を日々の生活に取り入れているイスラムの人々の行為は、極端な言い方をするとイスラム教を内部から崩壊させていることになるのである。

イスラム諸国の大多数の人達はこのような根本的な問題を意識していないであろう。しかしそれを意識しており、どんなことがあってもイスラム教の根本原理を死守しようと考える少数の人間がアルカイダイスラム国に走り、またその中の過激な一部の集団がテロ行為を行っているのであろう。

このことは、なぜアルカイダイスラム国のテロ集団が欧米をテロの対象とするだけではなく、イスラム諸国の同胞をテロの対象にするのかという疑問に答えてくれる。テロ集団からすると、欧米の価値観を押し付けイスラム教の価値観を崩壊させようとしている欧米の社会がテロの対象になるのと同時に、欧米の価値観を無批判に受け入れるイスラムの人々の行為もイスラム教の価値観を内部から崩壊させるものであり、許されないものであると考えるのであろう。

それではどうすればいいのだろうか。私はこの問題を根本的に解決するには、イスラム教の価値観の変革を行う以外にないのではと考える。唯一神アラーが全てを作り出し人々の日常の全てを支配しているという政教一致の価値観をイスラム教が取り続ける限りこの問題は解決しない。かってキリスト教や他の宗教が何らかの段階で決断したような聖と俗の分離、もしくは政教分離を決断しない限りこの問題は解決しない。今イスラム教はそしてイスラム教を信奉するイスラム諸国はそのような大きな変革を受け入れるか否かという歴史的な転換点に来ていると私は考える。それを乗り越えない限りイスラム諸国は科学技術の面で欧米諸国に追いつく事は出来ないだろうし、それは長期的に見るとイスラム教の衰退につながるのではあるまいか。

はたしてこれは可能だろうか。私は可能と考える。なぜならそれは既に起こりつつある事だからである。イスラム諸国の人々がその重大さを意識しているかどうかは別として、彼等は既にキリスト教的価値観に基づいた欧米の文明やその成果である科学技術を受け入れているのである。

したがって彼等に求められるのはそれを明確に意識する事である。イスラム諸国の知識人や政治家・一般市民は自分たちがこのような大きな変換期にある事を意識し、価値観の大きな変換を受け入れる事こそが求められているのである。すでに近代科学技術なしには私たちの生活は成り立たない事は明らかである。とするならば、欧米の科学技術を取り入れる事はイスラム諸国に取っても必須である。このことは、これまでのようにアラーの教えとそれを具体化したイスラム法を尊守するだけではイスラム社会は成り立たなくなってきていることを意味している。

これは政教一致の基本原則の基にムハンマドの教えに基づいたイスラム法を絶対尊守という立場を変革する事を意味している。そしてこのような根本的な態度の変革の必要性をイスラムの高い立場にいる人、具体的には知識人や政治家が人々に説く必要がある。これが極めて根本的な変化である事は理解できるが、現在のように欧米の科学技術の導入を放置しておきながら、そして自らその利便を享受しながら、片一方ではイスラム法の尊守が必要と説くイスラムの知識人や政治家は一般の人々を欺いていると言っても過言ではないと私は考える。

すでにトルコなどはイスラム法の尊守という立場を捨てて、欧米の科学技術・価値観を積極的に取り入れようとしている。イスラム諸国も徐々にではあってもこのような変革を受け入れざるをえないということを、イスラムの知識人・政治家は心に銘じる事が必要であろう。