シンガポール通信−フランスのテロ事件の真の原因は何だろうか3

アルカイダイスラム国の過激テロ集団によるテロがなぜ生じるかを知るためには、イスラム文化とその背後にあるイスラム教を理解する事が必要である事を前回述べた。そして井筒俊彦氏の「イスラーム文化」が、イスラム教を理解するための格好の著書である事も述べた。以下この本の受け売りの部分もあるが、私の理解するイスラム教の特徴を述べてみよう。

イスラム教の最大の特徴は、聖と俗の一致もしくは政教一致である。これは宗教が私たちの精神の拠り所となるにとどまらず、私たちの生活の全ての基礎、そしてもっと言うと政治も含めて社会を形作っている基礎になっていることを意味している。私たちの日常の行為、それはビジネスでも政治でもいいが、そのすべてにおいてアラーの教えに沿って行動をする事が求められているのである。

これはある意味で宗教の究極の目標と言えるであろう。そして驚くべき事であるが、イスラム諸国においてはそれが実現されてきたとのである。しかしこのような宗教家からすると理想的な社会や国家のあり方は、突き詰めて行くと大きな問題をはらんでいる。それはこのような社会や国家のあり方が、近代科学技術と相反し互いにぶつかり合うからである。

イスラム教の唯一神アラーは世界を創造した偉大な神であり、かつ現在も時々刻々と世界のあり方を決めているいわば世界を再創造しているというのが、イスラム教の基本的な考え方である。そうするとどういうことになるか。この考え方が科学技術の基本精神と真っ向からぶつかるのである。

科学技術の基本は物事に対して疑問を持つ姿勢、例えば何らかの現象に対しそれがなぜ生じるのかという疑問を持ち、その原因を解明しそこに普遍的な原理などを見いだそうとする姿勢を持つ事である。ところがイスラム教の考え方からすると、世界の全ての出来事はアラーが決めているのであり、そこに疑問を持ってはならない、なぜそうなるのかと聞いてはならないことになる。つまり「すべてはアラーのおぼしめし」ということになるのである。そのような考え方の基では科学技術は育たない。つまりイスラム教は近代科学技術と相容れないのである。

一方でキリスト教はどうか。「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に」という聖書の有名な言葉のように、当初からキリスト教はその底に政教分離という基本的な考え方を含んで来た。そしてこのことは上記のように種々の疑問を人々が持つ事につながり、それが科学技術の発展へとつながったのである。もちろん中世においては、キリスト教が社会や政治のすべてを支配しようとしたこともある。そして天動説などの科学技術から出て来た考えを押さえ込もうとして、科学者との間に多くの壮絶な戦いを行った歴史を持っている。

しかし結局キリスト教は科学技術の成果の正しさや有効性を認め、これと共存することに決定したのである。これは極めて現実的かつ論理的な判断といえ、これによって近代科学技術が急速に進歩した。さらにキリスト教は科学技術の成果である遠洋航海技術、さらには大砲や銃といった武器と組むことにより、南北アメリカ、インド、東南アジア、アフリカの諸国を植民地として世界制覇を成し遂げたのである。ある意味で私たちが住んでいる現代の社会は西欧文明の成果であるキリスト教と近代科学技術の上に成り立っていると行っても過言ではない。

そしてグローバリゼーションという名の下にますます欧米文化、欧米の科学技術が世界を席巻しようとしている。ある意味で幸いなことに、仏教という比較的寛容な宗教を持つ私たち日本人そしてさらにはアジア人は、欧米の文化や科学技術をあまり抵抗なく取り入れ、かつ自分たちの文化と融合させることによって、欧米文化と自分たちの文化との共存を図って来た。そしてそれは現在のところ日本、韓国、シンガポールなどのアジアの先進国と言われる国々では成功している。

しかし先に述べたように基本的に欧米の科学技術そしてその背後にある欧米文化さらにはキリスト教徒真っ向からぶつかる思想に基づいているイスラム教では、欧米の科学技術を取り入れることはある意味でイスラム教そのものを否定する事につながるのである。しかしながら現在のイスラム諸国では急速に欧米の科学技術とそれに伴う欧米の思想・生活様式流入している。そして多くの人達は科学技術の成果が彼等の生活を便利にしてくれる故にあまり深く考えずにそれを取り入れようとしている。

まさにこの部分に、イスラム教の本来の教えをかたくなに守ろうとする人々から見ると許せないところがあるのであるまいか。このようなイスラム原理主義とでもいった主義を奉じる人達が集まった集団がアルカイダでありイスラム国なのであろう。そしてその中の一部の過激な集団が自爆テロという自らを犠牲にしてまでテロ行為を行っていると考えられる。

このように考えると、テロ組織がなぜ欧米文明の中心であるニューヨークやパリをテロの標的にするかがわかる。これらの近代都市こそが欧米文明の象徴であり、イスラム原理主義に基づくテロ組織が倒すべき対象なのであろう。それと同時になぜテロ組織が欧米をその標的にするに止まらず、同じイスラム教を奉じる同胞に対してもテロを行うのかが理解できる。

イスラム原理主義からすると、イスラム教の本来の教えを守らずに無批判に欧米の科学技術や生活様式を取り入れる同胞達は、もしかしたら欧米の人達以上に憎むべき対象として見えるのではないだろうか。このことは、アルカイダイスラム国という欧米から見るとテロ組織・テロ国家にいかに対処すればいいのかというのは、極めて深い問題を含んでいる事を示している。

(続く)