シンガポール通信−アベノミクス解散で自民党は議席数を減少させる?

井筒俊彦「意識と本質」について論じている途中であるが、アベノミクス解散について少し考えてみよう。

安倍首相は11月21日に衆議院を解散した。12月2日に公示され12月14日に衆議院総選挙が行われるという慌ただしい日程である。私は今晩の深夜便で日本に帰国し1週間ほど滞在するが、多分日本は衆院総選挙にむけて慌ただしさの真っ最中であろう。

ところでこのアベノミクス解散に関しては幾つもの疑問がある。第一にアベノミクスとは何かが理解しにくいのではないだろうか。アベノミクスの具体的な政策はよく3本の矢と呼ばれる事が多い。3本の矢は具体的には、(1)大胆な金融政策、(2)機動的な財政政策、(3)民間投資を喚起する成長戦力、と言われるが、これを読んで具体的なイメージがわいて来るだろうか。

唯一私たちが理解できるのは、日銀が金融を緩和したということであろう。もっと具体的に言うと日銀が日本円をどんどん刷って市場に出したということである。これは確かに効果的であった。日銀の金融緩和によって、株価は日経平均が8000円程度で低迷していたのが17000円あたりと倍以上に上昇した。20000円まで上昇するというエコノミストも出て来た。また円は対ドル80円程度の円高だったのが急速に117円付近になるまで円安が進んだ。これに関しても120円程度まで円安が進むと予想する向きもある。

しかしこれは日本の金融の元締めである日銀の金融政策がそれだけ影響が大きいという事を示していると理解すべきである。であるからこそ、これまでの日銀の総裁は金融政策には慎重であって、金融政策を大きく舵を取る事はなかった。また時の政権とは距離をおいてきたのである。

ところが安倍政権は政府が日銀総裁の人事権を持っている事を利用して、日銀総裁を安倍首相と親しい黒田氏に取り替えていわば強制的に金融緩和策を進めさせた。これは確かに従来の政権が取らなかったもしくは取れなかった政策である。これを評価する人も多いであろう。しかしこれは作られた株価高・円安であるということを理解する必要がある。

企業の業績に基づく日本の経済力が増加することにより、株価高が進み極端な円安が改善されるというのが本来のありかたであろう。もちろん作られた株価高・円安でも多くの投資家はうるおい、また輸出企業の業績は伸びただろう。しかし一般の市民の感覚からはそれを実感する事は少ないのではないか。

一般の市民の感覚からすると、円安が進むことによって最も影響を受けるのは、海外旅行がしにくくなるということだろう。また、シンガポールなどの海外に駐在している日本企業の社員の多くは日本円で給与を受け取っているから、ここ数ヶ月において2割近く円安が進んだ事は、自分の給与が2割減少する事を意味しているのである。円安が進む間多くの日本企業の方達に合う機会があったが、彼等の愚痴はいつも決まって円安の急激な進行により給料が目減りしていることであった。

さてその次の疑問は、それではなぜ今衆議院の解散をするのかという事である。これに関して安倍首相の意向はアベノミクスの是非を問いたいとのことのようである。つまり自分が進めて来たアベノミクスの是非を国民に問いたいというわけである。どうもこの裏には、かっての小泉首相郵政民営化の是非を問うため衆院解散・総選挙を行い、それが当時の自民党の大勝につながったというイメージがあるのではないか。

しかし今回は小泉首相郵政解散の時とは事情が異なることを、安倍首相は理解しているのだろうか。郵政解散は当時の小泉首相が自らの信念に基づき進めて来た郵政民営化法案が参議院で否決された事から、首相の権限を用いて衆議院の解散・総選挙を行った事を意味している。

この時、小泉首相郵政民営化に関しては党内からも多くの反対意見が出ており、首相はいわば孤立無援状態であった。多くのマスコミは、小泉内閣は死に体で内閣総辞職しか道はないだろうと予測していた。それを小泉首相郵政民営化は国民には受ける政策であると判断し、衆院解散・総選挙といういわば賭けに出た訳である。この時マスコミの多くは郵政民営化という政策が国民の心情に受ける事を理解できず、自民党の敗戦を予測していた。ところが結果としては小泉首相の賭けはあたり、自民党は大勝しかれは首相の座に留まることができたのである。

それに対して今回は、アベノミクス政策そのものに対する批判は国民の間にそれほど多くない。自民党内部でも反対意見はないであろう。問題はアベノミクスの具体的政策が、日銀の金融緩和しかないということにあるのである。国民はアベノミクスそのものには賛成しながらも、具体的な政策が出て来ない事にいらだっているのである。

このような状況下で衆院解散総選挙を行ってどのように国民の信を問うのだろう。すでに衆議院自民党は安定多数を確保している。アベノミクス政策推進が国民に支持されたか否かはどうして評価するのだろう。自民党が現在以上に議席数を増やせるか否かというのがもっとも分かりやすい評価尺度であろう。ところが安倍首相は「安定多数の維持」が目安であるとしている。

これでは少々議席数が減っても国民の信が得られたということになる。何ともはっきりしない評価尺度である。安倍首相が「現状より自民党が1議席でも減少すればアベノミクスは信任が得られたかったと判断し私は首相を辞職する」とでもぶてば、浪花節の好きな日本人の事であるから国民はこぞって自民党に投票するであろう。

しかしこのように政策そのものと評価基準のあいまいなままでの衆院解散・総選挙突入は危険であるといわざるを得ない。私の素人予測は、自民党は安定多数は維持するものの議席数をある程度減らすのではないかというものである。その時安倍首相はみずから宣言したアベノミクス解散・総選挙の結果をどう評価するのだろうか。