シンガポール通信−シンガポールアート事情:激変しつつあるアート事情

さてそれでは次にアートに関するシンガポールの最近の状況を見てみよう。

本論に入る前に脱線するが、昨日のシンガポールのテレビChannel News Asiaで、何とテニスの錦織選手の単独インタビューの様子をニュースで放映していた。ATPファイナルツアーに出たとはいえ、シンガポールにとって何の関係もない日本のテニス選手のインタビューをニュースで流すとは驚きである。

日本のスポーツ選手の単独インタビューの様子が、シンガポールのニュースで流れるのは始めての事であろう。錦織選手が同じアジア人であるという事もあるだろうが、それだけテニスに対する人々の興味が増大して来た事を示しているのではないだろうか。ともかくもめでたい事である。もっとも相変わらずテレビのアナウンサーは、NishikioriをNishikoriとiを抜いて発音していたが。

さてそれはともかくとしてシンガポールのアート事情であるが、これもスポーツと同様にここ5年ほどで大変大きな変化が生じている。それは一言で言えば、全くアートに関心のなかったシンガポールにおいてここ数年でアートに対する関心が大変高まって来たという事である。

私がシンガポールに来た7年前は、テレビでアートの話題が出る事は皆無であったと言える。毎度テレビでの露出を基準にして話しているが、一般の人々の興味の対象の大きなものがテレビニュースなどで露出する事が多いのは日本でも同様であるから、シンガポールにおいてもアートに対する一般の興味がそれだけ高まって来たという事だろう。

シンガポールには国が設置している立派な美術館がいくつかあるが、かってはそれらの美術館はいずれも閑古鳥が鳴いていた。いずれの美術館もそこそこ人通りが多い場所にあるのであるが、外の通りには多くの人が歩いていても、中に入るとほとんど来館者が誰もいないという状況であった。

いずれの美術館も地元のアーティストを中心に東南アジアのアーティストの作品を収集・展示しており、世界的に名前の知られているアーティストの作品が展示していないという問題点ももちろんある。と同時に、日本であれば海外の有名アーティストの作品の巡回展などをいずれの美術館も積極的に誘致して来館者を呼ぶ事を考えたりしているものであるが、シンガポールの美術館ではとんとそのような動きがなかった。

一般の人々のアートに対する関心がないから美術館の活動も不活発なのか、それとも美術館の活動が不活発だから人々のアートに対する関心がないのだろうか。よくある卵が先か鶏が先かという議論になってしまうが、ともかくもかってはそのような状況で、シンガポールはアートに関心がないと結論付けせざるを得ないような状況であった。

それがここ数年で状況が大きく変わって来ている。これは人々が自主的にアートに関心を持ち始めたという訳ではなくて、政府がアートを支援する政策を取り始めた事が大きいだろう。まず積極的に海外のアートギャラリーを招聘し始めた。最初はシンガポールの港湾エリアの倉庫の集まっているエリアをアートギャラリーの集積する地域にしようという動きが始まり、この際に現在親しくさせて頂いている真田一貫さんがオーナーのギャラリーがニューヨークからシンガポールに移って来たのを筆頭に、多くのギャラリーが海外からシンガポールに移って来た。

さらに次の政策として、シンガポール政府はさらに大きなギャラリーの集積地を作る動きに出た。具体的には、かってイギリスの統治下にあった際にイギリスの軍隊の駐屯地に使われていたギルマンバラックと呼ばれる広大な一帯をアートギャラリーやレストランなどの点在する場所に変えるということを行った。
何度かギルマンバラックに行ってみたが、シンガポールの市街から少し離れた緑の多い起伏に富んだ美しいエリアに多くのギャラリーが点在しており、散歩もかねて休みの日などに訪れるにはいい場所である。(最もそこが来場者でにぎわっているかどうかというのは別問題で、それはまた後で論じたい。)

そして次にテレビのニュースでアートの話題を取り上げるようになった。まずシンガポールの美術館で行っている特別展などの話題をニュースで徐々に取り上げるようになった。さらには美術館で展示を行っているアーティストを時々スタジオに呼んで、コメンテーターとのインタビューをニュースの合間に行うようになった。現在ではシンガポールのテレビChannels News Asiaでアートに関する報道のない日はほとんどないと言えるような状況である。

さらには大規模なアートフェアの開催を行い始めた。アートフェアは国内外のギャラリーが集まって展示を行う場であって、アートの展示と同時にアートの即売会も兼ねている。世界的にはバーゼルのアートフェアなどが有名であるが、シンガポールでは「アートステージシンガポール」と銘打ってほぼ同様の規模のアートフェアを数年前から毎年開催するようになった。

アートステージシンガポールにも何度か行ってみたが、大きなコンベンションセンターを借り切って行う極めて規模の大きな催しである。アジアではほぼ同じ規模のアートフェアとして香港アートフェアが毎年行われているが、シンガポールのアートフェアは来場者数などで香港アートフェアと競っている関係とのことである。

(続く)