シンガポール通信−シンガポールのスポーツ事情4:シンガポールはスポーツ先進国になれるか?

シンガポールがスポーツの観戦に関しては、日本も含めた先進国の水準に近づいて来ている事を書いた。ここ4、5年のその変化の大きさには驚かされるほどである。それではシンガポールは、スポーツ全般に関して近い将来に先進国の仲間入りをすることができるだろうか。

結論から言うとそれは極めて厳しいといえる。スポーツを鑑賞するというのはスポーツのごく一部であって、やはり本質的にはスポーツは自ら行うものである。そして多くのアマチュアが各種のスポーツを行い、その中から優れた身体能力を持つ者がプロの世界に入って内外の強豪と戦う。そしてそれらの試合を人々が鑑賞し、それに触発されて子ども達が将来はプロになる事を夢見て少年スポーツクラブなどに入る。

このような生態系(よくエコシステムと呼ばれる)が整わない限り、シンガポールがスポーツ先進国になるのは厳しい。例えば日本のプロ野球の世界がもっともわかりやすいと思われるのでそれを例にとって考えてみよう。日本各地には小学生・中学生を対象とした野球教室もしくは野球クラブがあるだろう。将来プロ野球選手になろうと考える子ども達は、そのようなところで野球の基本を教わり野球のスキルを磨く。そして自分の子どもに野球の才能があると知った両親は、喜んで子どもが野球教室や野球クラブに入って活動する事を認めサポートするだろう。

第一、日本では子ども達の間では頭のいい子よりスポートの得意な子の方が皆から尊敬されるではないか。(私も小学校時代は運動の得意な子がうらやましかったものである。)そして高校に進学すると高校野球がある。そこでは甲子園優勝を頂点として、そこをめざして練習し戦うシステムが出来上がっている。高校野球で優れた成績を収めた選手は、そのままプロ野球の世界から声がかかりプロ野球選手になる事も可能である。

将来のためにもっと勉学をしておきたいと考える子どもは大学に入る。そこには大学野球の世界があり、関東リーグ・関西リーグなどで優勝をめざして戦うというシステムが出来上がっている。プロ野球選手をめざすなら大学を卒業してプロ野球の世界に入るというのが普通であるが、会社に就職して実業団野球の世界に入りそこでプロ野球から声がかかるのを待つか、会社人生を歩むかを考えて判断することもできる。

そしてプロ野球の世界は常に人々の注目の的となる世界であって、そこで優秀な成績を上げれば日本でも年数億円という所得を得ることができる。米国の大リーグに渡って成功すれば、桁が違って年数十億円という収入が得られる道も開けている。さらにはプロ野球を引退しても、監督・コーチさらには野球解説者として生活できる道が開けている。もちろんこのシステムに乗って成功するのはごくごく限られた人達である。しかしそのような弱肉強食の世界が好きな子ども達も多いだろう。このように野球で食って行く事を可能にしている生態系が出来上がって始めて、子ども達を含め人々はスポーツを楽しみさらにその道を究める事をめざす事が可能となるのである。

もっとも日本でもプロが存在しないスポーツは数多くある。陸上競技・水泳などはそうである。しかしそれらの世界でも、アマチュアを対象とした多くの試合がありそこに出て他の選手と競い合い頂点をめざす事が可能である。そしてまたそれらの人達を対象として多くの企業がスポーツクラブを抱えているため、そこに入って会社員としての生活とスポーツ選手としての生活の両立を図る事が可能である。

そしてそれらのアマチュアスポーツの頂点にオリンピックがある。オリンピックに出られるほどの優れた身体能力を持っていれば、国などからの強化費という名目の金が出るため、生活費を稼ぐ事を心配する事なく自分の身体能力を伸ばす事に専念することができる。もちろんこれらの世界は、例えばプロ野球の世界に比較すると狭い世界であり、そこで食って行く事は大変ではある。しかし少なくとも意思と才能のある人達はそこで食って行け、トップクラスの選手となればマスコミにも頻繁に名前が出て有名になることが可能な道が用意されているのである。

ひるがえってシンガポールはどうか。このような体制は全く整っていないといえるだろう。シンガポールで唯一のプロスポーツはサッカーであるが、その世界がどのような生態系で出来上がっているのか私は知らないし、あまり人々に知られていない事からして結構厳しい世界である事は推測される。

そしてそれ以外のスポーツの世界にはそのような生態系は存在しないから、その道に進もうと考える子ども達にとって道は全く閉ざされていることになる。第一両親が、子ども達が将来スポーツの世界で生活したいといっても、笑い飛ばすか怒鳴るのがおちだろう。そしてそんなことを考えるより学校でいい成績を取って大学に進学できるコースに入る事を強く要求されることになる。

それではオリンピックなどのアマチュアの世界レベルの大会でのシンガポールの選手団はどう育成しているのか。オリンピックなどの世界レベルの大会においても、卓球・バトミントンなどごく限られた分野ではシンガポールの選手はそこそこの成績をおさめているではないか。このことは私も疑問に思っていたが、人に聞いた所によるとオリンピックなどが近づくと中国などから身体能力の優れた選手を招聘してチームを作り上げるのだという。

もちろん日本においても例えばプロ野球では海外から選手を招聘する事は多い。しかし「助っ人」という呼び名に現されてい
るように、あくまでも日本人による選手団を補助・強化するという役割をあたえられているにすぎない。それに対してシンガポールの場合は選手団全体を海外からの招聘選手で構成しているとの事である。これではシンガポールがスポーツ先進国になるのは当面は無理ということになる。