シンガポール通信−シンガポールのスポーツ事情2:錦織の勇姿に感動

シンガポール人がスポーツの鑑賞に興味をもたないという事を書いたが、ここ4、5年でそのような状況に変化が現れつつある。それはシンガポールのテレビを見ているとよくわかる。シンガポールの代表的チャンネルであるChannel News Asiaでは、ここ数年でスポーツの取り扱い方が大きく変化している。それはスポーツをニュースで取り扱う事が増えた事、さらには取り扱うスポーツの幅が大きく広がった事である。

まず第一に、スポーツの結果をテレビのニュースで取り扱う事が大幅に増えた事がある。4、5年前までは、ニュース番組が中心のChannel News Asiaでスポーツの結果がニュースとして取り上げられる事はほとんどなかった。唯一の例外は欧州のサッカーのプレミアリーグであるが、これに関しても申し訳程度に代表的な試合の結果を素っ気なく画面に示すだけで、もちろんビデオの放映などはほとんどなかった。

それがである。 最近はスポーツの結果がニュースとして取り上げられる事が多くなった。最近ではとうとう一般のニュースとは別にスポーツニュースの時間が設けられ、一般のニュースの後にスポーツニュースが続くという番組編成になっている。日本のテレビでのスポーツに関するニュースの取り扱いも、多くの局ではスポーツニュースの時間を設けており(特にプロ野球のシーズンの間は)、一般のニュースの後にスポーツニュースが続くという番組編成になっているから、とうとうシンガポールのテレビ番組でのスポーツの取り扱いも日本並みになったのである。

特にシンガポールでは欧州のプレミアリーグの関する人々の関心を反映してか、一時はChannels News Asiaでニュースの一部にサッカーのコメンテーターが出演してプレミアリーグの結果を解説するコーナーが設けられていた。もっともこれは欧州プレミアリーグに偏向したニュース報道の仕方であり、最近のように多くのスポーツの結果が報道されるようになると共に、このコーナーはなくなったようである。

さてスポーツ専門のニュース番組が設けられるようになるのと前後して、ニュースで取り扱われるスポーツの範囲も大きく広がりつつある。かっては上に述べたように、スポーツニュースとして取り扱われるのはサッカーの欧州プレミアリーグン結果が中心で、時にインドのクリケットの試合の結果が報じられる程度であった。

クリケットはご存知のように英国発祥のゲームであり、インド、マレーシア、オーストラリアなど英国統治下にあった国々で盛んに行われているゲームである。シンガポールではクリケットは盛んではないが、サッカーの他に報道するものがないという理由でインドのクリケットリーグの試合結果が放映されていたと推測される。しかしこれもよりグローバルなスポーツの結果が報道されるようになると、報道される機会が少なくなって来ている。

それに対して最近は、いわゆるグローバルスポーツの結果がスポーツニュースとして報道されるようになって来た。サッカーは上にも述べたように以前からシンガポール人が興味を持っているスポーツなので、ワールドサッカーの期間中などは大きな時間をさいて各試合の結果が報道される。このブログでも書いたがワールドサッカーに向けた練習試合である日本対ブラジルの試合がシンガポールの新設スタジアムで少し前に行われたが、5万人収容のスタジアムが一杯になるほどであるから、シンガポール人のサッカーに対する興味は結構大きいのであろう。

そしてサッカー以外にも、ゴルフのメジャートーナメントの結果やテニスに関しては四大大会を含めメジャーな大会の結果などが報道されるようになった。そしてこれらも単に結果を数字で示すだけではなく、多くの場合ビデオも放映しながらそこにアナウンサーが解説を加えるというやりかたになってきた。日本でのスポーツニュースの報道の仕方に近づいてきているわけである。

そしてうれしいことに、そのために日本選手の活躍の場面がビデオで放映される場面にしばしば出会うようになった。最近ではテニスのATPツアーファイナルにおける錦織選手の活躍の結果は何度もビデオ付きで報道された。日本人のプロスポーツ選手の活躍がシンガポールのテレビで報道されるというのは4、5年前までは考えられなかったことなので、日本人としてはうれしい限りである。もっとも錦織をNishikioriと発音せずNishikoriと発音しテロップでもそう流れていたのは失笑ものである。連続母音の発音は欧米人には苦手なのでiを抜いて発音した欧米でのニュースをそのまま放映したのであろう。

そういえば少し前にゴルフの松山選手が米国男子ゴルフツアーで優勝したことがあったが、この時もビデオ入りで結果が報道された。プロゴルフにおける日本人選手の活躍がシンガポールのテレビニュースに取り上げられるのはこれが始めてであろう。たまたま見ていた私としては感動ものであった。

(続く)