シンガポール通信−シンガポールの食事事情

シンガポールに来て7年になるが、その間にシンガポールで大きく変わった事がいくつかある。もちろん新しいビルが次々と建ち街の風景が大きく変わったというのは最も目につく点であるが、これはあくまでもこれは表面的な現象である。その奥でもっと本質的な変化が幾つかおこっている。

その一つは食事の習慣が変わりつつあるということである。それを象徴的に示しているのがワインだと思う。私がシンガポールに来た2008年頃は、まだワインを飲むという習慣がシンガポールにはなかったと記憶している。西洋料理のレストランならともかくも、和食のレストランや中華のレストランではワインというものは置いてなかった。和食レストランでは日本酒とビールが置いてあり、中華レストランではビールに加え紹興酒などの中国産の酒が置いてあるというのが通常であった。それなりのレベルの和食レストランや中華レストランでもワインは置いていないのが通常であって、ワインがないかと聞くと不思議そうな顔をされたものである。

それが最近ではこれらのレストランでごく普通にワインをおいてある。しかも単に1種類のハウスワインというのではなくて、ある程度のレベルの和食・中華レストランならワインリストを用意してあるのが普通になって来た。つまりシンガポールの人達の間にちょっとした食事をする時にワインをたしなむという習慣が広がって来たという事である。

もちろんとはいいながら、これはある程度のレベルのレストランでのことであって、いわゆる一般の大衆向けの屋台が並んでいるホーカーズではワインなどというしゃれた物はおいていない。しかしこれは日本でも同様であって、たとえば吉野家にワインがおいてあるかというとビールはともかくもワインはおいていないであろう。

つまりシンガポールでは、まだワインはそれなりのしゃれた食事と共にたしなむものであると理解されている訳である。しかし少なくともワインに対する理解と嗜好は日本と同レベルに達していると見なしていいであろう。いわゆるワインバーというのも最近ではあちこちで見かけるようになった。

日本では何度かワインブームというのがおこっているが、その中で飛躍的にワイン消費量が伸びたのが1998年頃の第7次ワインブームと呼ばれているものである。現在のシンガポールがこの当時の日本に相当していると考えると、日本で起こった事がちょうど15、6年遅れてシンガポールで起こっているということになる。

日本とシンガポールの文化の時間差というのは分野によって異なっているが、大体20年ぐらい(もちろんシンガポールの方が日本より20年遅れているというわけであるが)というのが私の観測なので、その意味ではワインに関するシンガポールの文化度は平均の文化さよりは少ないことになる。つまりワインに関するシンガポールの文化は急速に進んでいるという事である。

このようなシンガポールにおけるワインをたしなむ文化と共に一般のスーパーでもごく普通に陳列棚にワインが並んでいるようになった。さらにはセブンイレブンなどのコンビニにもワインが何種類か置いてあるのが普通になって来た。これも私がシンガポールに来た7年前には考えられなかった事である。当時は高級スーパーならともかくも、一般のスーパーにはワインは置いていなかったし、ましてやコンビニでワインなどを見かける事は皆無であったといっていいであろう。

これはシンガポールの人たちの生活様式がより欧米化して来たということを示している。日本人の生活様式の欧米化も激しいけれども、日本の場合は長い歴史に支えられた日本独自の文化を持っており、常にそれとのバランスの中で欧米化が進んでいる。しかし歴史が浅く独自の文化を持っているとはいいがたいシンガポールでは、より急速に欧米化が進むのではないだろうか。

シンガポールは独自の文化を持たないと言ったが、他の地域から移り住んで来た人達で構成されている国家で、国民を構成している人種も、中華、インド、マレー、タイなどと多様である。したがって独自の文化を持たないというよりは、これらの人達の本来もっていた複数種類の文化が混在している国家であり、その分異文化に対して寛容であるといえる。しかしそのことは上に述べた欧米文化がより急速に流入する原因伴っており、将来シンガポールの文化がどのようなものになるかというのは興味深い点である。

ワインの話がシンガポール文化の話になったが、シンガポールのような多文化の国を観察しているとなかなか興味深い点や変化している点が沢山見つかる。スポーツやアートに関してもここ数年で大きな変化が見られたので、これらについても今後考察してみたい。