シンガポール通信−ジャレド・ダイヤモンド「昨日までの世界」2

本書でジャレド・ダイヤモンドが行っているのは、世界が国家から形成されている現代社会と、太古の昔のまだ国家という概念がなく人々がグループ単位で生活していた部族社会における人々の生き方の比較である。別の言い方をすると、現代人の生活と太古の昔の人々の生活を比較し、何が共通点であり何が相違点であるか、また現代の私たちが太古の人々の生活から何を学ぶべきかといった事柄がこの本に記述されている内容である。

といっても太古の昔の私たちの生活様式をどのようにして知るのだろう。著者のジャレド・ダイヤモンドは、現在でも太古の昔の生活様式をほとんどそのまま継続している社会が世界の中に存在しており、そのような社会を観察することにより太古の昔の人々の暮らしを知る事ができるという考え方の上に立って、論旨を発展させている。

そのような社会を著者は「伝統的社会」と呼んでいる。伝統的社会は、アフリカ、東南アジアなどにまだ数多く存在している。著者はニューギニアの伝統社会を調査研究するためニューギニアに長く滞在した経験を持っており、著者が本書で現代の人々の生き方と比較すべき伝統的社会の人々の生き方の多くは、著者がニューギニア滞在中に経験した事柄や見聞した事柄がベースとなっている。

最新の科学技術の恩恵を受け、それ無しでは生きて行けないような生活をしている私たち先進国の住民にとって、人類が世界の各地で定住を始め文明を発展させ始めた1万年近く前の太古の昔の生活を現在も送っている人達がいるというのは、少々信じられない事柄である。しかし事実ニューギニアでは数十人の部族に分かれた人達が、農耕や狩猟生活を送っているのである。

なぜこれらの社会では文明が発展しなかったのかというのは大きな疑問であり、その答えの一部は同じ著者の「銃・鉄・病原菌」で述べられている。

それは文明の発展には、個々の文明をもった複数の民族間の接触や交流、そして争いが必要だというものである。たしかに文明の発展にはある程度の広さの土地とそこに住む人々の数が必要なことはたしからしい。そしてその点で最も有利なのが東西に長くかつ人々の往来が比較的容易であるユーラシア大陸であろう。そしてユーラシア大陸のほぼ中央である中東で興ったメソポタビア文明がヨーロッパへと伝わり、現在世界を支配している欧米文明へと発展したのである。

しかしながら土地が狭ければ文明が発展しないかというとそうでもない。その有名な例がイースター島である。モアイ像で有名なイースター島は面積163平方キロに過ぎず、面積153平方キロの小豆島より少々大きい程度でありかつ絶海の孤島である。しかしながらモアイ像を切り出し、運搬し、かつそれを立像として立ち上げるという困難な仕事を行えるだけの文明を進化させた。

なぜニューギニア島の原住民は、文明の進化の道を歩まずに太古のままの生活を続けてきたのだろう。どうもそこには別のルールが存在しているような気がする。それはニューギニアにおいては熱帯性の気候のため容易に食物が採集・狩猟・農耕などで得られたからではあるまいか.容易に日々の食料が手に入るためそれを得ようとする努力をあまりする事がなく、それが文明の発展にとって障害となったという解釈はできないだろうか。人類の文明が当初は熱帯もしくはそれに近い地域で生じたのに、文明の発展と共にその中心が徐々により温暖なもしくは寒冷な地域に移って行ったというのはそれを示しているのかもしれない。

さて少々脱線したが、ジャレドダイヤモンドの「昨日までの世界」の章立ては以下のようになっている。

第1部:空間を分割し舞台を設定する
(第1章:友人、敵、見知らぬ他人、そして商人)
第2部:平和と戦争
(第2章:子供の死に対する賠償、第3章:小さな戦争についての短い話、第4章:多くの戦争についての長い話)
第3部:子どもと高齢者
(第5章:子育て、第6章:高齢者への対応)
第4部:危険とそれに対する反応
(第7章:有益な妄想、第8章:ライオンその他の危険)
第5部:宗教、言語、健康
(第9章:デンキウナギが教える宗教の発展、第10章:多くの言語を話す、第11章:塩、砂糖、脂肪、怠惰)

さてこれを見てどのように感じるだろうか。同じ著者の「銃・鉄・病原菌」をすでに読んでいて同じような興奮が得られると期待した多くの読者は、少々がっかりするのではあるまいか。ここで語られているのは、人と人の関係、紛争の解決法、子育て、高齢者、生命への危険、宗教、言語、健康といった現在の私たちの日々の生活で出会う多くの一般的なテーマに関してである。

なんだか「ストレスと無縁の生活を送る方法」のような、ハウツー物の通俗本の目次のように見えなくもない。そのようなハウツー本は、一般の本屋の書棚にそれほどいやというほど並んでいるではないか。しかし読んでみると明らかに一般のハウツー本とは違うことに気付く。それは著者のジャレド・ダイヤモンドが長年の経験と豊富な知識を用いて、易しく語りかけながらも「宗教とは何か」「人間同士の関係はどうあるべきか」「死とはなにか」などの極めて本質的な問題へと人々を導いてくれるからである。