シンガポール通信−楽天社員のTOEICが平均255点アップは本当か?

10月18日の日経オンライン版のビジネスリーダー欄のニュースに、「楽天の英語勉強法 TOEIC平均255点アップ」という記事が出ている。大変興味深いので、これをネタにいろいろ考えてみよう。

楽天は2010年に三木谷浩史社長の肝いりで社内公用語英語化を宣言した。楽天が今後グローバル企業として成長して行くためには社員の英語を使える能力が向上することが必須と考え、それを実現するための施策として社内での公用語を英語化することにしたのである。これは当時大変に話題を呼んだ。他の企業も見習うべきだという賛成論もある反面、社員の全員に英語を押し付けることは単に社内に混乱を引き起こすだけではないかなどという反対論などいろいろな意見が飛び交ったかと記憶している。

私自身も反対論の立場でブログに何度か意見を書いたことがある。それは、「楽天がグローバル企業をめざすといってもその業務の大半は国内向けであるから、海外の企業との折衝や社内の外国人の社員とのコミュニケーションが必要であるマネージャー層に英語が必要なのはわかるが、社員全員にあるレベル以上の英語能力を求めることが必要とは思われない、社内に混乱を引き起こすだけではないか」という論旨のものである。まあ一般の人々の素直な感想を代弁したつもりの意見である。

さてそれから4年ほど経過した。さすがにこの楽天の社内公用語英語化の話題も古くなって最近は聞くこともなくなったが、私自身はその結果がどうなったのだろうかという興味は引き続き持っていた。そのような状況でのこの日経オンライン版の記事である.早速読んでみた。

さてそこにはある意味で驚くべき結果が記されている。2010年10月時点で楽天社員のTOEICの平均スコアが526点だったのが、2014年6月時点で781点になっているというのである。なんと平均値で255点ものスコアアップが実現されているのである。これに応じて800点以上のスコアの社員が全体の56%を占めているという。そしてこのような結果に基づいて現在では楽天は社員全員に昇格の条件としてTOEICスコア800点以上を要求しているというのである。

さてそれではTOEIC800点はどの程度の能力なのか。TOEICのホームページを見るとTOEICスコア800〜895点は「英語で書かれたインターネットのページから、必要な情報・資料を探し収集できる、職場で発生した問題点について議論をしている同僚の話が理解できる」とある。「英語で不自由なくビジネスを遂行できる」などを期待していたので少々がっかりである。これはTOEICがスピーキング能力より読み書き、聞き取りの能力を重視しているためであろう。

とはいいながら、上場企業を対象にした調査によると、「企業が社員に求める期待スコアの平均は600点」でありかつ「7割の企業が国際部門での業務遂行には700点以上のスコアを期待」とあることから、これを解釈すると600点あれば「英語が出来ないとは言えない」、700点あれば「海外との英語でのコミュニケーションができる」ということであろうから、それに比較すると800点は「英語がかなりできる」「英語での業務遂行に支障がない」というレベルと理解されているのではないだろうか。

その意味では4年間で社員の平均TOEICスコアが526点から781点へと255点上昇したというのは驚くべき成果ではあるまいか。私はある意味で楽天の社内公用語英語化の成果がそれほど出る訳がないとたかをくくっていたので、この成果には正に恐れ入ったということになる。謝らなければならない所である。

とはいいながら、いつもの天の邪鬼心理が働いて来てもう少し突っ込んでみたくなる。何度も言うようであるが、楽天が全社員のTOEIC平均スコアを4年間で800点近くにしたというのが事実なら、それは驚くべきことである。本当ならば、英語不得意を持って任じている多くの日本人・日本企業には大きな朗報ではないか。楽天には多くの企業からその英語教育法のノウハウを教えてほしいという要求が殺到しているはずである。楽天はそれを新しいビジネスにすればいいのではないか。さらには楽天が全国に英会話教室を作るビジネスを立ち上げれば受講者殺到ではなかろうか。

そのような話は聞こえて来ないし、またこの記事に対する反響があまり聞こえて来ないのはなぜだろうか。そこが私の天の邪鬼的考え方が引っかかりを感じる所なのである。このデータはもちろん捏造ではなく真実であろうが、何か裏があるのではなかろうかと思ってしまうのである。

全社員のTOEIC平均スコアが800点近いこと、4年間で255点のアップが実現できたことそのことは事実と認めよう。しかし「全社員」というところになにか裏がありそうである。楽天の社員の退社率がどの程度かは知らないが、2010年時点と2014年時点で社員が相当入れ替わっているということは当然予想できる。つまりその間に、英語のあまり得意でない社員は社内公用語英語化という政策に反発して楽天を辞めてしまい、代わりに英語が得意な人間が楽天こそ自分の働き場所だとして就職して来たのではないだろうか。そうすると対象とする集団が異なって来ている訳であるから、「4年間で255点のスコアアップ」という表現は統計学上正しくないことになる。

さらには最近は楽天は外国人社員を多く雇用しているという記述がこの記事の中に含まれている。全社員ということは当然これらの外国人社員も含めているのであろう。彼等の多数は英語の使用にたけているだろうから当然TOEICスコアも高くなる。ということは外国人社員が社員の平均TOEICスコアを押し上げているのではないか。

ライターが記事を書く場合は当然そのような観点から楽天に対しても鋭い質問をすべきであった。相手の一方的な説明とデータをそのまま記事にした所に、この一見驚くべき成果の真実があるのではというのが、私の天の邪鬼的かんぐりである。