シンガポール通信−F1の将来 3

さてそれではなぜF1(およびその他のモータースポーツの多く)が自動運転に適しているかを考えてみよう。それには幾つかの理由がある。

まず1つは、レースの行われるサーキットが決まっており、その情報を事前に自動運転車のコンピュータに登録しておき、それに基づいて走行させることが可能であることがあげられる。自動運転車には、当然ではあるが事前にそれが走行する道路の全ての情報を入れておく必要がある。基本的には行き先は事前には決定できないため、行く可能性のある地域の全ての地図をあらかじめコンピュータに登録しておく必要がある。現在すでにカーナビのための情報としてそのような地図が用意されている。しかしながら自動運転のためには、道幅や道路標識などの詳細な情報も入力しておく必要があるだろうから、これは大変な作業になる。

ところがF1の場合は、サーキットの数が限られており一般の道路情報に比較すると情報入力は極めて簡単である。サーキットの数が限られているということは、その分サーキットの各部分の詳細な情報を事前に入力しておくことが可能となることを意味している。そしてそれに基づき、どの部分で加速しどの部分で減速しまたハンドルをどう切るかなどの自動運転車のコントロールの情報を、事前に入力しておくことが可能になるわけである。これは一般の道路を走る自動走行車に比較して、サーキットを走る自動運転レーシングカーにとって大変有利な点である。

2つめは、サーキットが道路としては極めて単純な構造をしていることがあげられる。サーキットは、曲線部分があるものの、一方向で分岐や交差点のない単純な一方通行の道路である。通常の道路は中央で分離されているとはいえ双方向であり、しかも多くの交差点・T字路・分岐・合流がある。対向車、左折・右折車、合流車などがあり、それらとの関係を常に注意しながらの運転が必要であり、それが自動運転を極めて難しくしているであろう。

それに比較すると、競争する他のレーシングカーがあるとはいえ、対向車などがないサーキットにおける走行はある意味で単純な運転になる。特に練習走行のように、他車を意識せず単に時間を短縮することだけを目的とした場合の運転は、自動運転技術に極めて適しているといえよう。

3つめは障害物がないということがあげられる。一般の道路では他の車に加えて、歩行者・自転車・バイクなどの、速度や大きさが異なる種々の物体が存在する。バイクや自転車は時には車すれすれに近づいて来たりまた信号待ちをしている時には直前を横切ったりするだろう。歩行者であれば、信号に従って道路を横断してくれればいいが、時には信号を無視したり横断歩道でない所で道を横切ったりする。歩行者はこのように車側の善意を前提としたある意味でルール違反の行動をとることが多い。車はより弱い立場にある歩行者・自転車などに対しては絶対に事故を起こさないような運転が求められるから、どのような行動をするかわからないこれらのものに対応できるよう自動運転車をプログラミングしておく必要がある。

しかも道路上にあるのは歩行者・自転車・バイクだけではない。トラックが落とした荷物、台風などで倒された樹木、犬や猫、さらには地方都市であれば公道で寝そべっている酔っぱらいなどが道路上に存在しうる。人間ですら時にはどう対処していいか解らないような事態が生じる訳であるから、自動運転車にこれに完全に対応せよというのは無理かもしれない。少なくとも助手席には常時人間が乗っており、不測の時代に備えるということが必要であろう。

これに対してサーキットでは、基本的にはその上に障害物は存在しない。歩行者もいなければ自転車・バイクなどもいない。そのことは基本的には障害物を意識せずにサーキットの構造のみに注目して走り方をプログラムしておけばいいことになり、これはプログラミングの立場からは大変楽である。もちろん一緒に競争している他のレーシングカーがサーキットを走っており、これがほぼ唯一の障害物と言っていいのであるが、次に述べるように競争相手のレーシングカーはその対処の仕方は公道を走る自動運転車とは全く異なることになる。

さて4つ目であるが、サーキット上には上に述べたように唯一の障害物として一緒に競争している他のレーシングカーがある。しかしこれは歩行者・自転車などのように避けるべき障害物、守ってやるべき障害物ではない。戦ってそれに打ち勝つことあるいは排除することを求められている障害物なのである。つまりゲームでいう敵キャラである。

種々の形で挑んで来る敵キャラをいかに破るか。これはゲームの基本的な戦略であり、これまで多くのゲームの開発によって、これに関しては既に多くのノウハウが蓄積されているだろう。さらにいえばレーシングゲームも数多く存在するからそのプログラミングの技法はサーキットを走行する自動運転レーシングカーに応用できるものが多いのではないだろうか

他にも幾つかの理由が考えられるだろうが、上に述べた4つの理由だけでも、F1が自動運転車に適していることは解ってもらえるのではないだろうか。いきなり自動運転車をF1に加える訳にも行かないだろうから、とりあえずは自動運転車を対象としたF1でも開催してはどうだろう。電気自動車によるF1がフォーミュラーEならば、自動運転車によるF1はフォーミュラーAとでも名付けてはどうだろう。