シンガポール通信−F1の将来:2

もう一つF1の将来に関して私が興味深く思っているのは、いつの時点で人間のレーサーによって運転されるレーシングカーと自動運転によるレーシングカーの競争が見られるだろうということである。いやもっというと、どの時点で自動運転によるレーシングカーが人間のレーサーに勝ち、F1チャンピオンになるだろうかということである。

自動運転のレーシングカーがF1チャンピオンになるというと荒唐無稽な話と思われるかもしれないが、これは案外近い将来に実現することではないかと私は思っている。そう思うのには幾つかの理由がある。一つは最近自動運転車の技術が急速に進歩していることとであり、もう一つはF1レースが自動運転車にとって都合のいい条件を持っているからである。

まず自動運転車の技術に関してであるが、これはご存知のようにGoogleや各自動車メーカーが最近競って自動運転車の実用化に向けて技術開発を進めている。最も熱心なのはGoogleで、本社のあるシリコンバレーのマウンテンビュー市で自動運転車の公道走行実験を行っている。また日本のカーメーカーも技術開発に熱心で、日産はオリンピックのある2020年の自動運転車実用化の年として、商品としての自動運転車の販売をめざしている。

Googleの熱心な自動運転車の技術開発に後押しされるかのように、米国カリフォルニア州では2012年に公道での自動運転車の試験走行を認める法律が交付された。上記のGoogleによるマウンテンビュー市における自動運転車の公道走行実験はこの法律のおかげで実行可能になっている訳である。どうようにカリフォルニア州に少し先立ちネバダ州でも自動運転車の公道における試験走行が法律で認められた。このように米国では、完全な自動運転車の実現をめざした技術開発が熱心であると言える。

実は自動運転車の研究は、かなり以前から行われている。特にカーネギーメロン大学の当時の金出武雄所長に率いられたロボティクス研究所で、1990年代に熱心に研究が行われた。すでに1990年代半ばに、NavLabという自動運転車を用いて米国大陸横断を成功させている。この技術はその後、米国における無人の月面探査車や南極や活火山の火口での自動探査車などに応用された。現在のGoogleや各自動車メーカーの自動運転車の技術は、いずれもそのコンセプトをこのカーネギーメロン大学ロボティクス研究所のNavLabに基づいていると言っても過言ではないだろう。

実際、Googleでは自動運転車の技術開発にあたり、カーネギーメロン大学のロボティクス研究所でNavLabの研究開発にあたっていた研究者を何人か雇っており、その意味でGoogleの技術開発はカーネギーメロン大学ロボティクス研究所の研究開発を引き継いだものだと言ってもいいのではないだろうか。

その意味で金出先生がこの分野のパイオニアであり、その貢献は極めて大きい。自動運転車の技術開発に関するメディアの記事・レポートなどがこの点に関してあまり記述していないのは残念ではある。

さてNabLabでの研究開発やそれを引き継いだGoogleでの技術開発があくまでも完全自動運転をめざした研究レベルのものであるのに対し、自動車メーカーの狙いは少し異なるように見える。それは完全な自動運転をめざした技術を狙うというよりは、自動運転車の技術開発を現在の自動車の技術の延長としてとらえ、使える技術から具体的に商品としての車に部分的に取り入れて行こうという姿勢を取っていることである。

例えば前車との距離を常にチェックしてぶつかりそうになったらブレーキを自動的にかける技術や、走行中にレーンをはみ出しそうになったら自動的に修正する技術などが、実際の車に取り入れられている。これらの技術は、人間のドライバーに取って代わることを狙っているのではなくて、ドライバーの運転をアシストすることを主目的としている点に特徴がある。多分自動運転の技術は、最初から完全な無人の自動運転をめざすのではなくて、このように人間のドライバーの運転を補助する範囲を徐々に拡大して行くという形で実用化されて行くのだろう。

さてF1のようなレースの場合は、自動運転車に適した条件があるだろうか。私は幾つかの点で、レースは自動運転車に極めて適した条件を備えていると思っている。

(続く)