シンガポール通信−プレッシャーに押しつぶされた偶像:理研笹井氏の死に思う 2

小保方氏が笹井氏に持って来たSTAP細胞作成成功のデータは、再生医療で世界的のトップの一人と認められている研究者である笹井氏が見ても、納得できるデータだったのだろう。したがって笹井氏はデータのみから、STAP細胞作成成功を確信したのであろう。

それでは小保方氏はこのSTAP細胞作成のデータを捏造したのであろうか。この点に関し、どうもマスコミを含め多くの人が、最近では彼女を黒と判断しているようである。しかし私はそうは思わない。彼女は一途にSTAP細胞の作成を目指して研究を行い、そして作成に成功したと信じたのであろう。そしてそのデータは上に述べたように、笹井氏を信じさせるに十分なものであった事は確かである。仮に捏造したデータであったとしたら、この研究分野で大先輩であり多くの経験を踏んでおり世界的にも認められている笹井氏をだますことはできなかったであろう。

最近はマスコミを含めて多くの人が、彼女を研究者としては失格であると見なしているようである。しかし彼女自身は優秀な研究者であると私は思っている。彼女の記者会見での受け答えなどを見ていてもしっかりした判断力を持っている人間であると感じられる。

問題は、彼女が一人で研究を行うタイプであり、笹井氏などの信頼の基に彼女自身の判断に基づいて研究を進めていた事である。まだ若い研究者であるが故に、研究の進め方などに一途で独りよがりの部分があった事は否めないのではないだろうか。そのため研究の過程で幾つかのミスが生じていた可能性はある。

現在STAP細胞の作成再現実験が小保方氏も含めて行われているが、まだSTAP細胞作成に成功したというニュースは聞こえて来ない。これは上に述べたように、小保方氏が単独で実験を行っている過程で、何らかのミスがあった事を物語っているのではないだろうか。そしてそれを修正した事が、STAP細胞の作成再現を難しくしているのだろう(あるいは再現を不可能にしているのだろう)というのが、私の思う所である。

しかしともかくも、小保方氏が笹井氏にSTAP細胞作成成功を報告した時点では、彼女は自分がSTAP細胞作成に成功した事を確信していた事は確かであり、そしてそのデータが笹井氏を納得させるに十分なものだったことも確かである。

この部分で惜しまれるのは、笹井氏が少なくとも1回は彼女に付き合ってSTAP細胞作成実験に参加すべきであった事である。そうしていればいまマスコミを含め世間がSTAP細胞の有無を騒ぎ立てている事に対して、彼自身が自分でも納得できる証拠が得られたのではないだろうか。

なぜ笹井氏は実験に付き合うという事をせずに、小保方氏が持参したデータのみからSTAP細胞作成成功を確信したのであろうか。この部分を謎としているマスコミの論評なども見かけられる。

しかしながら同じ研究畑にいる私としては、笹井氏の行動を理解する事が出来る。研究者というのは基本的には性善説に基づいて行動する。論文に載ったり発表されたりするデータは正しいという仮定のもとに、それ以降の議論や新しい研究を行うのである。これは別に研究の世界のみの事ではないだろう。私たちの社会も基本的には性善説のもとに成り立っている。そうでないと信頼関係は生まれないし社会が成り立たない。

研究の世界では自分の部下や学生が持って来たデータは、そのデータを得たプロセスはもちろん誤りがないか聞いて確かめるが、基本的にはプロセスに誤りがなければ得られたデータは正しいと判断する。ましてや、自分が優秀であり信頼できると判断した部下や学生の場合であればなおさらである。私自身も、自分の博士課程学生が持って来たデータは自分で再現実験を行うという事はしない。そのデータを得るプロセスに間違いがなかったかどうかを学生に聞き、間違いがないと確信できればそのデータは正しいと判断するのである。

これがまさに、小保方氏がSTAP細胞作成成功のニュースとデータを持って来た時に、笹井氏に起こった事ではあるまいか。したがって、このような事は研究の世界では日常的に起こっている事であって、ここまでの過程ではなんら非難に値する事は起こっていない。

問題とすべきはこの後で笹井氏が取った行動であろう。

(続く)