シンガポール通信—人工知能学会の名誉会員になりました

この度、人工知能学会の名誉会員に推薦されたのでその報告。

人工知能学会は名前の通り、「人工知能」研究に関わる研究者たちの学会である。全体で会員数1000人ばかりのこじんまりした学会ではあるが、日本の人工知能研究の第一線の研究者が参加して、全国大会やそれぞれのテーマ毎の研究会等を通して人工知能研究の推進を図っている。

人工知能研究は名前の通り、コンピュータに人間と同様の知能を持たせるための研究である。その始まりは1956年にマービン・ミンスキージョン・マッカーシーが中心となって開かれたダートマス会議においてこの方面の研究が重要である事が議論され、その分野を「人工知能(Artificial Intelligence)」と名付けようとして始まったとされている。

人間の知能は極めて幅広い分野を含んでいるため、人工知能研究もそれに応じて多くの研究分野を含んでいる。人間が音を聞いたり画像・映像を見て何を聞いているのか何を見ているのかを認識するパターン認識機能、人間が言語を理解する過程を研究する言語処理機能、人間の学習機能を研究する機械学習、人間があるルールから別のルールを推論したり必要な情報を探し出す推論・探索、大量のデータから重要な情報を取り出すデータマイニング、などなどの幅広い分野が含まれている。

もちろん人間が持つ幅広く深い知能をコンピュータで実現しようというのは極めて困難な研究であって、ある時期大きな研究の進展があったとしても、すぐに壁にぶつかって人間の知能の奥深さを改めて実感するという事になりやすい。

そのため、これまでも何度も人工知能研究のブームの時期があったし、そしてその後には人工知能研究に対する幻滅が生じて人々が興味を失い、研究予算も取りにくくなる「人工知能の冬」と呼ばれる時期があった。

私が人工知能学会の理事や副会長を務めた1990年代後半、ちょうど今から10年〜15年前は人工知能研究に取っては冬の時代であったと言えるだろう。実験室レベルでは面白い結果が得られても、実社会に適用しようとするとなかなか使い物にならないため、あまり世の中からは注目を集めなかった時代である。

現在はそれに対して人工知能のブームが訪れつつあるといっていいであろう。iPhoneのSiriを初めとしてスマートフォンには当たり前のように音声認識機能がついており、またディジタルカメラには人間の顔を認識したり笑顔を認識したりする機能がついている。そして人々がそれを日常生活の中で使っている。

また、最近はビッグデータがもてはやされている。これはデータマイニング技術の延長にあるもので、コンピュータや各種のセンサーを通して得られた膨大なデータから人々の行動パターンや好みを取り出し、その結果に応じて商品の宣伝を行なったりさらには開発を行なったりしようというものである。

中でも目覚ましい進歩を見せているものに、将棋や碁等のボードゲームを行なうコンピュータソフトに関する研究がある。すでに1996年にIBMのコンピュータ、ディープブルーが当時のチェスの世界チャンピオンであるカスパロフを破った時から、将来は将棋や碁においても人間のチャンピオンに匹敵しうるコンピュータソフトが出現することは予測されてはいた。しかしながらチェスに比較して将棋や碁が格段に複雑であることから、それはかなり先であろうと予想されていた。

ところが、最近はコンピュータの将棋ソフトが人間の将棋の高段者を次々と破るという状況が生まれている。人間の名人を破るのも時間の問題であると考えられている。碁は将棋よりさらに数段複雑であるため、まだ碁に関しては高段者を破る所まではきていないが、そのソフトの進化の早さから早晩、碁に関しても名人と戦える段階に来るだろうと言われている。

(コンピュータソフトが将棋や碁の名人を破るようになった場合に、現在の日本のプロで構成されている棋院や碁院が持つ神秘性のようなものが失われると考えられる。その場合に棋院や碁院がどうなるのかをこのブログで論じた事があるので、興味のある型は読んでみて頂きたい。)

そのような現在ブームを迎えている人工知能学会から名誉会員に選ばれたと言うのは名誉なことではある。もっとも最近は私自身は人工知能研究から遠ざかって久しいけれども。


今回名誉会員に選ばれた方々。右から白井克彦先生(前早稲田大学総長)、白井良明先生(日本の人工知能研究のパイオニア)、森健一氏(元東芝、言わずと知れた日本最初のワープロの開発者)、私、田中英彦先生(元東大、言語処理のエキスパート)、野間口有氏(元三菱)。



私が人工知能学会会長から認定書を受けている所。