シンガポール通信−アマゾンの3Dスマートフォン「Fire」に3Dテレビの盛衰を思う2

前回は、日本の電機メーカーが2010年頃に3D映像(立体映像)の特質やそれがテレビに適しているかどうかを検討する事なく、3Dテレビに熱を入れた事を批判した。

2010年頃迄はテレビに関しては、日本のテレビメーカーが世界の市場を席巻しており、自分たちの技術に関しては絶対の自信を持っていた。ところがその後SUMSUNGやLGなどの韓国のメーカーに急追され、今や完全に価格などの点で追い越されている。日本の電機メーカーの大半はテレビ事業に関しては赤字である。

私は、このような状況が生じた最大の原因は、2010年頃に日本の電機メーカーが3Dテレビに力をかけすぎた事がその発端になったと考えている。もちろんSAMSUNGもLGも3Dテレビを商品化はしていた。しかしそれは、日本の電機メーカーが商品を出しているので、対抗上商品系列に並べているだけという感じで、それほど力を入れているようには見えなかった。この点に関する戦略の誤りが、現在の日本の電機メーカーのテレビ事業の惨憺たる現状につながったのではないだろうか。一言で言えば、3D映像というのは私たちが日常使う家電製品や通信機器には適していないのである。

ということならば、アマゾンが発表した3Dスマートフォン「Fire」もそのような「ゲテモノ商品」なのだろうか。どうもそうではなさそうである。というのもFireで使われている3Dの技術は一般の3Dの技術とは異なっているからである。一般の「立体視」というのは左目と右目で見た場合の2種類の映像を用意しておき、それを左目と右目に独立に見せる事により、立体感を作り出す。(これは専門用語では両眼立体視と呼ばれる。)

それに対してFireが行っているのは、スマートフォンの四隅に赤外線センサーをとりつけ、それによりスマートフォンとそれを見ている人の位置関係を知り、それによって表示する映像を変えるというのが基本的な機能なのである。つまりスマートフォンを固定したまま顔を右の方に動かすと、映像が右側から見た場合のように変わって行く。例えば、ビルの映像が表示されているのであれば、顔を右の方に動かすとビルの右側の壁面が見えて来るというわけである。

これはもちろん、スマートフォンを左に傾けて行っても同じような効果になる事を意味している。つまりスマートフォンと顔の位置の相対関係によって表示する映像が変わることにより、立体に見える感覚を生み出しているのである。(これは両眼立体視とは違うけれども、広い意味では立体視の範疇に入る。GoogleのStreet Viewが使い方は異なるが同じような効果を与えてくれる。)

容易にわかるように、従来のスマートフォンも加速度センサーを備えているため、スマートフォンの傾きは検知できるから、傾けることにより同じような効果を生み出す事は出来る。Fireが異なるのは、顔の位置検出が出来るため、顔を動かしていった場合でも同じような効果を生み出す事が出来る機能を持っているということである。

またこれも容易にわかるように、このような効果を生み出すためには、GoogleのStreet Viewが行っているように、特殊カメラを用いて多地点で撮影したパノラマ画像を用意しておく必要がある。もしくは、映像をあらかじめ3DのCGモデルとして用意しておく必要がある。3DのCGモデルは3Dゲームの場合は事前に用意されているので、3DゲームとFireとの親和性はいいだろう。

とはいいながらまあゲームに使える程度で、現時点ではこの機能が有効に働くアプリケーションがそれほどあるとは思えない。したがってこの機能は、3D表示機能というよりは、顔とスマートフォンの相対位置をトラッキングできる機能と言った方がいいであろう。この機能を使って何か新しいゲームなどのスマートフォンの使い方が生まれるかどうかは現時点では未知数である。(そして私の個人的意見で言えば、別に新しい使い方は出て来ないだろうと予想している。)

アマゾンもこれをFireの主機能とは考えていない。Fireの主機能は、このスマートフォンで物体を撮影すると、その物体が何であるかを認識する物体認識機能である。アマゾンで取り扱っている商品をシステム側に登録しておき、ユーザがスマートフォンを本・服・食品などにかざすと、該当する商品のアマゾンショップにつながるようになっているのが、このスマートフォンの売りだと思われる。この機能を持つ事によりFireはアマゾンショップの強力な販促ツールになる。

とするならば、再度言うけれども3D表示機能はこのスマートフォンの売りではない。(そして厳密に言えばこれは3D機能ではない。)ところがFireに関するネット上のニュースのタイトルの多くが、「アマゾンが3Dスマートフォンを発売」となっており、立体視が前面に出たタイトルになっている。どうも日本人は立体視に特別な思い入れがあるのではないかと思わせるがどんなものだろうか。