シンガポール通信−アマゾンの3Dスマートフォン「Fire」に3Dテレビの盛衰を思う

アマゾンが、3D(立体)で画面が表示できる「Fire」と呼ばれるスマートフォンを発売すると発表したニュースを、ネットで見つけた。このニュースを見た時に最初に感じたのは、「アマゾンよ、お前もか」という感想である。同じように感じた人たちも多いのではないだろうか。

このように感じたのは、「3D」という名前に反応しての事である。スアートフォンのディスプレイが立体表示できる事を全面に出してアピールしようというのが、アマゾンの意図である製品のように思えたからである。

立体で表示する事を売りにする製品としては、かって3Dテレビがその代表格として存在した。一時は、日本のテレビを製造している電機メーカーの大半が、3Dテレビを競って開発・発売した時期があった。2010年の事である。4月にパナソニックが発売開始すると、5月にはソニー、7月にはシャープ、8月には東芝が次々と追従して3Dテレビの発売を開始した。

当時はまだ日本の電機メーカーのテレビ部門は元気であり、日本が世界に先駆けて新しい技術を取り入れたテレビを発売した事を自慢げに広告していた。そしてまた今後も日本のテレビメーカーが世界のテレビの技術トレンドを先取りし導いて行くのだという自信に満ちていた。

私はこのニュースを見た時に「売れるわけはない」と直感的に思った。さらになぜそうなのかをまとめてブログに書いた事がある。なぜそう思ったか。それは大きく分けて二つの理由がある。

一つは、立体表示はそれほど有効な新機能ではないという事である。テーマパーク等でそして最近は3D映画で立体映像を見る機会は多いと思われるが、3D映像と3Dでない映像で何か決定的に違うだろうか。映像の精細度は確かに私達に映像の美しさという意味でアピールしてくれる。その意味で4K映像は方向性としては間違っていないだろう。しかしながら、映像が3Dであったからといっても、最初のちょっとした驚きを過ぎると、特に新しい驚きはない。映像の美しさ、ストーリーの出来具合と3Dとはどうもあまり関係がないようなのである。

(なぜ、3D映像が私達にあまりアピールしないかについては私が2010年に3Dテレビを含めて3D映像に関して何度かブログに書いているので、そちらを参照してほしい。)

もう一つは、3D映像を見るために専用の眼鏡をかけるという面倒な事をする必要がある事である。映画館という特殊空間で映画を楽しもうという時には、専用の眼鏡をかけるという事に対する拒否感はあまりないであろう。そして映画の場合には、それなりの制作費をかけているわけであるから、上に述べた映像の美しさやストーリーと立体視の相互作用には制作者側も十分に考慮を払っているので、まあ3Dでないよりは3Dの方がそれなりに楽しめる事は確かである。

しかし、テレビのようなお手軽に楽しむためのメディアに、人々はわざわざ専用眼鏡をかけるという手間をかけたがるだろうか。テレビは映画とは決定的に異なり、気軽に楽しむメディアなのである。この点で少し補足しておくと、かってマクルーハンがテレビとラジオを比較して、テレビはクールメディア、ラジオはホットメディアと異なるジャンルに分類していたのを覚えておられる人もおられるだろう。

ここではホットとクールの意味は問わない事にする。いずれにせよ、当時(1960年代)にはテレビはラジオのようにお手軽に楽しむメディアではなかったのである。しかしながら時代の経過と共にテレビもラジオのようなお手軽メディアに変化して来た。したがって、そのようなお手軽メディアと専用眼鏡というのはマッチしないのである。

私はかってATR(国際電気通信基礎技術研究所)で3D映像を研究する研究者と一緒の研究所にいたこともあり、3D映像はいやというほど見て来た。そのせいかもしれないが、3D映像に対する思い入れはあまりない。むしろ3D映像の欠点の方がよく見える。

そのこともあって3Dテレビが続々と日本のテレビメーカーから発売開始された時に、天の邪鬼な感覚を持って、売れないだろうと予言したのである。そしてその通りになった。それでは当時の日本の電機メーカーのトップはどのように考えていたのだろう。当時の新聞記事などを読み返していても、本当の意味で電機メーカーのトップが3D映像にテレビの未来を信じていたのかどうかはわからない。

もしかしたら、自分では3D映像を時間をかけて見た事がなく、事業部が出して来た新製品を部下に言われるがままに宣伝していたのに過ぎないのかもしれない。とするならば、その頃が日本のテレビ産業の衰退の始まりだったのではないだろうか。