シンガポール通信−ジョゼフ・ニーダム「中国の科学と文明」4

現在種々の面、特に科学技術の面において西洋が東洋(東洋というのは実際には中国をさす)に対して優位にある原因を、幾つか挙げてきた。これらはいずれも、儒教などに基づいており直感的・感覚的でかつ個人の活動より国家などの組織のあり方を優先する東洋の基本的な考え方と、ギリシャ哲学に端を発する論理的な西洋の考え方の違いが、科学技術の面における西洋の優位性を決定付ける大きな原因となったのではないかというものである。

これらはいずれもある種の説得性は持った論理である。しかしながらそうだとすると西洋の東洋に対する優位性は、西洋ではギリシャプラトン(紀元前427年−紀元前347年)の時代、東洋では中国の孔子(紀元前552年−紀元前479年)の時代以降ずっと続いていることになるはずである。ところが実際には、紀元1000年頃から1500年頃までは、科学技術の面では中国が西洋に比較して優位にあった事は多くの研究者が同意しているため、これらの理由付けはこの事実を説明してはくれない。その事を説明するためには以下のような理由付けが考えられる。

(5)科学技術の発展と西洋的な考え方もしくは東洋的な考え方との親和性が発展の各段階で異なるのではないか(仮説)

次のように考えてみてはどうだろう。科学技術の発展のある段階までは、東洋的な考え方と西洋的な考え方の相違は科学技術の発展には特に障害とならなかった、いやむしろ紀元1000年から1500年頃までの科学技術の発展には東洋的な考え方の方が有利であったというような仮説が可能だろうか。もしそうだとすると、その仮説は同様に1500年以降の科学技術の発展には西洋的考え方の方が有利であったという事を説明する必要がある。このような仮説を検討する事は、今後関連する文献・書籍を読む過程で考えて行くべき問題だろう。

さらに、紀元1000年頃から1500年頃まで中国が西洋に対して優位にあったとして、なぜ1500年以降その地位が逆転したかに関しては、以下のような仮説が考えられないだろうか。

(6)紀元1500年頃に西洋の世界観が一変した

よく知られているように、ポルトガル・スペインを先頭にして西洋人が船で世界に乗り出したいわゆる大航海時代が1400年頃から始まっている。そして1500年前後に怒濤のようにその具体的な成果が出始めた。具体的には1492年のコロンブスによるアメリカ大陸発見、1498年のヴァスコ・ダ・ガマによるインド到達、1521年のエルナン・コルテスによるメキシコのアステカ王国征服、1522年のフェリディナンド・マゼランの船団による世界一周、1533年のフランシスコ・ピサロによる南アメリカインカ帝国征服などである。

この時までは地球は丸いというのはあくまで仮説であり誰も実際に確かめた者はいなかった。またアメリカ大陸の存在は知られておらず、ヨーロッパから西に航海すればアジアおよびインドに直接到達できるのではないかと考えられていた。それがほんの数十年のうちに、1)地球が丸い事が証明された、2)アメリカ大陸というこれまで知られていなかった巨大大陸が発見された、3)世界の主要地域に行く航路が見いだされた、という発見があった。これはすなわち西洋世界が、世界全体がほぼどのような地理になっているかを知った事を意味している。いわば西洋世界は世界全体をこの時点で知ったのである。

これに対して例えば中国は、東南アジア・インド・アラビアまでは自分達も実際に航海しており自分たちの知識の範疇であったが、それ以遠例えばヨーロッパは先方から来るだけで自分たちの船で到達した事は無いいわば一方通行の知識であった。大航海時代の始まりとほぼ時を同じくして行われた鄭和の南海大遠征は、主として東南アジア・インド・アラビアに到達するまでにとどまっている。数次の航海の中にはアフリカに到達したものもあるが、まあこれはたまたまという程度のものである。
だいいち鄭和の南海大遠征は、新しい土地を求めて行われた冒険航海というよりは、既に知られている国々と朝貢貿易を開始するためのものである。朝貢貿易とは中国周辺の国々が中国皇帝に貢物をささげ、それに対して中国皇帝が返礼をするというものである。表向きはこれらの国々の中国に対する従属関係を確立することを目的としているように見えるが、貢物より返礼の方が多いのが通常であったようで、実質的には国レベルでの友好関係樹立を目的としたものだといわれている。商業貿易の確立をめざしたものですらない。

つまり鄭和の南海大遠征は、新しい土地を発見しようという冒険欲・知識欲にかられてものではないし、また発見した土地の住民と貿易を開始したり、さらにはその土地を植民地化するという物質欲・征服欲にかられたものでもないのである。

補足しておくと、最近の中国の日本も含めアジア諸国に対する外交面での強気が目立って来た。これをもって中国の覇権主義があらわになりつつあるという見方がされている。特に米国を中心に欧米の国々からはそう見えるだろう。しかしこの中国の朝貢貿易という過去の歴史を見ると、中国がアジア諸国に求めているのは現代の朝貢貿易ではないかという気がして来る。

つまり中国は領土拡大を狙っているのではなくて、中国がアジアを代表する国である事を米国を始めとして世界から認めてもらいたいのではあるまいか。その手始めとして、日本を含めアジアの国々に領土問題で圧力をかけ、中国が形式的でいいからアジアの盟主である事を認めることを求めているのではないかと思われて来る。もっともこのような現代の朝貢貿易というのも、自国中心の狭い考え方ではあるが。

(続く)