シンガポール通信−ジョゼフ・ニーダム「中国の科学と文明」

さてイアン・モリス「人類5万年 文明の興亡」を読んでいて、なぜ現在西洋が世界を支配しているのかという問いが「ニーダム問題」として知られている(もちろん歴史学者などの研究者の間で)という事を知ったので、この問題の提案者であるジョゼフ・ニーダムの原典にあたることとした。

ジョセフ・ニーダム(1900−1995)は英国の科学史学者である。長年ケンブリッジ大学の教授を務めた。彼も当初は大半の西洋の学者と同様に、科学的発明・発見の大半が西洋で生まれて来たことやその結果として近代科学が西洋で生まれたという事実を、何の疑いも無く受け入れていた。

ところが中国からの留学生を受け入れ、彼等と話しているうちに彼等の優秀さに感心すると共に、それではなぜ近代科学が中国で生まれずに西洋で生まれたかという疑問を持つようになった。これが彼が中国の科学史の研究に没頭するきっかけとなったのである。

彼は、西洋で近代科学が生まれる15世紀以前の中国の科学史の研究に取り組むと共に、1942年から1946年まで中国に滞在して中国各地を旅行すると共に(ちょうど第二次世界大戦の頃である事に注意!)多くの中国人学者と接触して彼等と意見を交わした。

そして研究の結果をまとめて「中国の科学と文明」という大著の出版を1954年に開始した。この著作は彼の生前にはその全巻の出版が完成せず、彼の死後も彼の弟子や関係する研究者の協力によって編集が続けられているという。

日本では思索社より「中国の科学と文明」というタイトルで全11巻が発売されている。アマゾンで検索してみると、新品はいずれも「現在取り扱っておりません」という状態である。どうも絶版になっているようである。しかしながら、中古の方は巻によってはある程度出回っているようである。ネットの無い頃であると本屋に問い合わせて絶版となっているとなると、古本屋を片っ端から見て回るということをせざるを得なかった。その意味でネット時代はたしかに便利にはなったと言えるだろう。

ネットの古本屋はいくつもあるが、全11冊揃いで4万円〜9万円で入手できる。全11冊の定価が152000円(高い!)だから、1/4〜半値で入手できる事になる。ちなみに、アマゾンでも古本は入手できるが、現時点では古本専門のネット書店の方が品揃えはいいようである。

さてとはいいながら全巻一挙に購入するのは高額だし内容もまだよくわからないので、とりあえず第一巻を入手して読んでみる事とした。第一巻は概論ということで、かなり出回っているのか、中古本も比較的手に入れやすく価格も3000円程度とそこそこ手頃な価格で入手できる。

第一巻は概論という事で、中国の先史時代から清に至までの歴史の概観がまず述べられる。続いてそれらの歴史のそれぞれの時代で中国とインド、アラブ諸国との文化的・科学的交流のれ歴史が述べられる。中国とローマ帝国さらにそれ以降の西ヨーロッパの諸国との直接の文化的・科学的交流の痕跡は、15世紀の大航海時代の始まりを経て16世紀にポルトガルが東南アジアとの貿易を開始するまでは、文献上ではほとんど残っていない。

しかしながらインドやアラブ諸国と中国、またインドやアラブ諸国と西ヨーロッパとの交流は盛んに行われていた訳であり、したがってインドやアラブ諸国を介して中国と西ヨーロッパとの文化的・科学的交流は16世紀以前にもかなり行われていたであろうというのが著者の見解である。したがってそれぞれの地域で行われた発明・発見は他の地域に直接的もしくは間接的な形で伝搬したというのも著者の見解である。

さてそのような形で中国で発明されその後西方に伝搬した技術は著者によれば25以上あるという。その代表的なものとしては以下のようなものが挙げられる。

火薬、磁石、紙、印刷術、磁器、鋳鉄法、馬具、一輪車、凧、・・・

一方西方で発明され中国へ伝達したものとして著者は以下の4種類を挙げている。

ねじ、水圧ポンプ、クランク軸、時計仕掛け

これをみると確かに、16世紀以前は中国で発明されそれ以外の国特に西洋に伝搬したものがその反対のものに対して圧倒的に多い事がわかる。そのことは、16世紀以前は中国の技術力の方が西洋を上回る、いやそれ以上に圧倒していたことを意味している。それではなぜそれ以降中国の技術開発力が停滞もしくは後退し、逆に西洋では技術開発が停滞する事無く進み18世紀の産業革命につながったのだろうか。

(続く)