シンガポール通信−タイは遅れた民主主義国家か?:2

今回のクーデターに至った理由を知るために、これまでの経緯を振り返ってみよう。今回のクーデターで政権の座を追われたタクシン派であるタイ貢献党は、そもそも2012年の総選挙でそれまで政権の座にあった反タクシン派の民主党に圧勝し、インラック氏が首相に指名されたところから政権を担当している。

それ以前は、民主党の党首であるアピシット氏に率いられた民主党が、政権を担当していた。しかしそれ以前を見ると、2005年の選挙で当時のタクシン氏率いるタイ愛国党が圧勝し政権を握っている。ところがタクシン氏に反発する軍が2006年にクーデターを起こし、2007年にはタイ愛国党は解党処分を受ける。タイ愛国党を引き継いだ「国民の党」は2007年の総選挙で再び勝ち政権を握るが、首相に選ばれた人物が選挙違反に問われるなどして2008年に再び国民の党は解党となる。

それを受けて政権の座についたのが反タクシン派である民主党であり、そして首相の座についたのがアピシット氏である。なんのことはない、反タクシン派である民主党は総選挙では結局勝てず、対立するタクシン派の政党の失点で政権を担当する事になったのである。

前にも書いたように、タクシン派は農村部の国民を支持者層としており、反タクシン派は都市部の知識層や実業家層などを支持者層としている。その事はもっとさかのぼれば反タクシン派はかっては少数の支配層・エリート層であり、反タクシン派はその他大勢の主として農民からなる被支配層なのである。つまり圧倒的多数の農民層を少数のエリート層が支配していた体制を維持したいと考え、かっての被支配層と対立しているというのがタイ現在の状況のもっとも単純な説明なのである。

かっては西欧の国々さらには日本も、政治はこのような構造をしていたのであろう。しかしながら、フランス革命などの人民による革命により民主主義が導入される事により、支配層も多数決の論理を受け入れざるを得なくなった。その結果、選挙による議員の選出と議会における多数決による決定によって法案が定まり、さらには多数党が行政を行うという仕組みが定着した。

しかしタイはそうなっていない。このことがタイの民主主義が遅れているといわれるゆえんなのだろう。しかしタイで選挙に基づく議院内閣制が導入されたのは1932年である。何といちおう民主主義が導入されてからその歴史は80年にもおよぶのである。ところが未だにクーデターが頻発し政治が安定しない。これは「遅れている」だけで片付けられる問題ではないのではないだろうか。

タイの状況を見ていて大変興味深いのはまず司法の独立性とその権力が大変大きい事である。5月7日には、タイ憲法裁判所が国家安全保障会議事務局長解任の際に自分の利益にもとづいて行動したと判断し、これによって政権を握っていたインラック首相は失職した。さらにそれに先立って3月21日には、タイ憲法裁判所は2月2日に行われた総選挙が反政府派の妨害によって結果が確定していないという理由によって「無効」と判断した。司法・立法・行政の独立という事がいわれるが、実際には司法は政治問題には直接は介入しないのが先進国の通常の状況であろう。裁判所の判断によって総選挙が無効になったり、首相が失職するなどは、先進国ではあまり考えにくい事態である。

これもまたタイの民主主義の後進性の証と見られているようである。しかし見方を変えれば、司法がそれだけの権威と力を持つという事は、司法の独立性が確立しているわけで健全な状態であるということもできる。

もう一つは軍が独立しており大変力を持っている事である。軍は「シビリアンコントロール」といわれるように、政治家が軍をコントロールするというのが先進国の通常の状況である。ところがタイではそのような状況にはなく、国王がタイ軍のトップにある。もちろん国王は現実的には日本と同様に象徴的な存在であるが、形式上であっても軍のトップにあるという事はその気になれば、権力を振るう事ができるということである。

これまでもタイでは、政治が混乱するたびにクーデターが頻発して来た。しかしこれは軍が政権を握って軍事政権を樹立しようとしたとか、国王が直接軍を動かしたというわけではないようである。軍の総司令官が言うように、タクシン派と反タクシン派の対立が激しくなり、政治情勢が混乱しそれが経済にも影響を与えることが懸念されるため、タクシン派と反タクシン派の対立に介入したというのが実際の所ではあるまいか。

なんだか、運動会や文化祭の実施方法に関しクラスの生徒に自由に議論と実行を任せていた所、クラスが二つのグループに分かれて自分の方の案がいいといって議論を始め喧嘩になりそうになったので、先生がわってはいったというような状況に似ているではないか。

軍によるクーデターというと、非常にきな臭いニュースであると取られ、軍が軍事政権を樹立し軍に反対して来た政治家を粛正するという結果を予想しがちで、そのような観点から欧米などではタイの軍によるクーデターに大きな憂慮を表明しているのであるが、タイの状況はそのような単純な枠組みに収まらないようなのである。

(続く)