シンガポール通信−安倍首相の靖国神社参拝2

安倍首相の靖国神社参拝を外交カードとして使うという事に関して、引き続き考えてみよう。

日本の経済が回復基調にあり、かつ2020年の東京オリンピック誘致に成功した事から、日本はかって経済的に成功したことのある過去の国ではなくて、これからも世界の政治・経済に影響を及ぼしうる国であるという再評価を、現在日本は諸外国から受けてはじめている。

シンガポールに住んでいてもそれは感じられる。シンガポールの国営テレビChannel News Asiaで日本の話題が取りあげられる機会が、安倍政権以前に比較して格段に増えた事がその一つの証拠である。

中国・韓国に押され気味の外交問題において、この時期には少し強気な外交カードを切っても良いと安倍首相が考え、そしてそれに基づき靖国神社参拝を行なったと考えてはどうだろうか。そのように考えると、これはいいタイミングで適切な外交カードを切った事になる。

太平洋戦争を日本の侵略戦争ととらえ、自国がその被害国であると考えている国々がアジアには多い。とりわけ中国・韓国はそのような考え方が強いのであろう。もちろんそれらの国々に謝罪の意を表明し、必要とあらば賠償金の支払いに応じるなどを行うのは、日本として当然の態度であろう。

そしてそれを日本は行って来ていると考えていいであろう。それ以外に日本と中国・韓国間に外交上の問題があれば、本来それは上記の問題と切り離して考えるべきである。しかしながら、中国・韓国は日本が太平洋戦争を引き起こした元凶であるといういわば負い目を他の外交面でも利用しているのではないか。

日本と韓国には竹島問題があり、日本と中国には尖閣諸島問題がある。本来これらは日本の戦争責任とは切り離して論じるべき問題である。しかしそこは相手の弱みを突くのは個人も国家も同様である。中国・韓国は安倍首相の靖国神社参拝を、自国と日本の間に存在する領土問題に使える好材料と見ているからこそ、非難するのである。

それでは米国も非難しているのはなぜか。さらにはEUも非難しているというニュースを聞いた。それは大国として世界の政治・経済に及ぼす影響が大きくなった中国と米国・EUの関係を考えているからである。中国との関係は適当な距離を置きつつも友好関係を保ちたい。そのためにあまり中国を刺激する行動は辞めてほしいというのが、彼等の考え方であろう。そして安倍首相の靖国神社参拝は、まさに現時点で中国を刺激するという、そのやっては欲しくないことなのであろう。

刺激しないに越した事はない。しかし時には外交では押してみる事も必要である。中国の防空識別圏の設定などは正にそのような外交カードである。別に現時点で防空識別圏を設定する事の必然性はない。しかしこの外交カードを切る事により、中国は日本と米国の出方を観察しているのであろう。

過去の日本が切った外交カードで評価できるのは尖閣諸島の国有化であろう。これは東京都が買い取るという意志を表明したのに押されるような形で国として買い取るという政策を取ったわけである。相手に対する直接的な行動ではなくて「問題を大きくしないため仕方なく国有化した」という言い訳も出来るので、それほど強すぎる訳ではない適度な強さの外交カードであり、いい判断だったのではないだろうか。

当然のように中国は大反発をし、中国国内における反日デモや暴動が生じて中国に進出している日本の企業は大きな損害を受けた。しかし弱腰で聞こえた日本の外交のこれまでの経緯からすると、尖閣諸島の国有化というのは日本もある程度強い外交カードを切る事が出来るという事を示したという意味では、なかなか優れた政策だったと評価できるのではないだろうか。
中国の日本の間の懸案事項である尖閣諸島問題に関して、日本が切れる外交カードは他に何があるだろう。あまりないというのが実際の所であろう。例えば尖閣諸島自衛隊を常駐させるという政策は外交カードとして強すぎて、中国を刺激し局地的な争いにまで発展する危険性もある。

その意味では、再度言うが安倍首相の靖国神社参拝は、適切な強さの外交カードを適切な時期に切った事になる。恐れられている中国における反日運動の高まりも、現在の所見受けられない。これは中国政府が、中国側が防空識別圏の設定という外交カードを切ったのに対して日本側が切った外交カードであると(つまりお互い様であると)認識しているからだろう。

さて問題は、政府が首相の靖国神社参拝を単なる国内問題ではなく外交カードであると認識しており、それを切るタイミングを図って切ったかどうかという事である。もしそのような認識がなく、靖国陣者参拝を首相が言うように戦争に倒れた人達に手を合わせるという気持のみから行ったとするならば、それは純粋ではあっても海千山千の外交の世界では危うい行動である。そうでないことを祈りたい。