シンガポール通信−ジャレド・ダイヤモンド「文明崩壊」3

この本で最初に取りあげられるのは、現在の米国モンタナ州である。モンタナ州は米国の北西部に位置する州で北側はカナダに接している。陸地面積ではアメリカ本土で第2位であるが、人口は少ない方から第6位。という事は大変人口密度が低い州であり、人口密度は低い方から第2位である。

モンタナ州はその風光明媚な点でよく知られており、その中にグレーシャー国立公園、イエローストーン国立公園等を含んでおり、毎年多くの観光客が訪れている。

モンタナ州は、上のように二つの有名な国立公園を含んでいる事からもわかるように、その風光明媚な大自然で知られている。そしてそのために、その自然を鑑賞しそこで暮らすために全米の他の州から移住してくる人が多い。一方でモンタナで生まれた人たちは、高校卒業と同時に働くために州外に出て行く人が多い。そのため州の人口はこの両者のバランスでほぼ一定している。

移住してくる人が余暇や引退後の生活を楽しむためで、出て行く人たちが仕事を求めてというのはこの州の特徴を良く表している。それはこの州の産業が、観光以外の第一次産業第二次産業に多くを依存できないという事実によっている。

その原因は、この州がカナダに接する北の位置にあり、その気候が寒冷である事から来ている。その美しい自然環境は長い時間をかけて自然が作り上げたものであるが、気候が寒冷であり降雨量も十分でない事から、一旦損なわれるとそれが回復するのに長時間かかるもしくは回復するのが極めて困難であるという事実がある。

モンタナの主要な産業は3つある。その一つは牛・羊の飼育や穀物・野菜の栽培からなる食料生産業である。この産業は、上記の一旦損なわれた自然環境の回復が困難という問題と密接に関係している。森林を切り開き農場に変える事は、それ自身が環境を破壊している事になる。しかも土壌が栄養価に乏しいため、それを使い切るとその農場は遺棄して別の耕地を探す必要が出てくる。そのようにして、次々と環境破壊が広がって行くのである。これは牛・羊の放牧でも同様であって、牛や羊が牧草を食べ尽くしてしまうとその牧場はやはり遺棄せざるをえなくなる。

つまり農業や放牧による土地の価値の低下が、土地自身が持っている自己修復能力を上回っているために、農業や放牧を続けて行くとその収益性が低下して行き、それと共にモンタナの環境が破壊されて行く事につながるのである。

もう一つの産業は木材伐採である。モンタナにある豊富な森林の木材を伐採し州外に供給することが、これまでのモンタナの大きな収入源であった。しかしこれも、伐採した後の土地をそのままにしておくと、結局は木材資源を使い尽くす事になってしまう。これまではその豊富な森林にまどわされて木材の伐採のみが進められ、森林資源という環境が破壊されて来た。最近ようやく森林資源を保存するという意識が生まれて来て、木材の伐採を規制する法律が出来たりしているが、それは既存の伐採業者を圧迫しこの産業を衰退させる事につながっている。

三つ目の産業は銅や金の産出を目的とした鉱業である。鉱業につきものなのは原鉱から金属が抽出された後の廃棄物であって、それらにはヒ素カドミウム等の有毒廃棄物が含まれており、それらも環境破壊につながる。最近になって、環境破壊を少なくするため有毒廃棄物の処理が鉱山会社に課せられるようになったが、それはその会社の経済を圧迫しひいては鉱業というモンタナの産業を衰退させる事になる。

つまるところ、著者が主張したいのは以下のような点である。モンタナのような美しくかつ厳しい自然に囲まれた土地は一見非常に魅力的に見える。しかししながらその厳しい自然の故に、破壊された自然の回復力が低いという問題点を抱えている。しかも米国の大都市地帯からは遠く離れていることにより、それらから近い地域に比較し農業も林業も鉱業も高い輸送コストというハンディを抱えている。

そのような土地で農業・林業・鉱業等の産業を環境を維持するという条件の元で維持する事は大変コストが高くつき、大都市に近い州との競争を維持する事が困難である。むしろそのような土地に向いた産業は観光業である。そして農業・林業・鉱業等が衰退し、代わりに(鉱業を除いて)それらに使われていた土地を別荘用に分譲するという形態の産業が生まれているのが、現在のモンタナに生じている事である。

ここで注意しておく必要があるのは、著者が焦点を当てているのが農業・林業・鉱業などの第一次産業であるという点である。過去の社会は第一次産業を中心としていたから、第一次産業に焦点を当てる事により、現在の社会と過去の社会を比較する事が可能となる。しかしそれは後で述べるように、別の問題をはらむことになると私は考えている。

(続く)