シンガポール通信ージャレド・ダイヤモンド「文明崩壊」

ジャレド・ダイヤモンドは「銃・病原菌・鉄」の著者としてよく知られている。「銃・病原菌・鉄」は、1万3000年前から現在までの人類の歴史を地球規模で概観した本である。

現在地球上に存在している人類は、約5万年前にアフリカを出発した約150人のグループを祖先としている。そしてその150人のグループが、アフリカを出て中東から一方はヨーロッパへ向かい現在のヨーロッパの人類の祖先となった。そしてもう一方は東に向かい、東南アジアを経て中国・オーストラリアへ、さらにはアリューシャン列島を越えて北アメリカに入り、さらに南下して南アメリカに到達した。これが約1万300年前のことである。

このようにして現在の人類はアフリカを出発地として、5万年前から1万3000年前の間に全世界に広がった。この人類の拡散の歴史はニコラス・ウェイド「5万年前」およびスティーブン・オッペンハイマー「人類の足跡10万年全史」に詳しく書かれている。さてそれでは1万3000年前から現在までの人類の歴史に何が起こったのか。それを記述したのが「銃・病原菌・鉄」である。

1万3000年前にほぼ同じ条件で文明の発達の競争を始めた全世界に住んでいた人類の中で、現在では欧米に住んでいるいわゆる白人と呼ばれている人種による文明・文化が群を抜いて進んでいる。そして他の地域では、結局のところ欧米の文明・文化を取り入れざるを得ない状況になっている。そしてそれが現在グローバリゼーションと言われる現象である。

それがなぜそうなったのかに対する回答を与えようとするのが、「銃・病原菌・鉄」の目的とする所である。これまで欧米人の書いた著書は、基本的には欧米の文明・文化が他の地域のそれに比較して進んでいる事を、白人の他人種に対する優位性という観点に立って記述していた。ジャレット・ダイヤモンドの優れた点はそのような従来の固定概念を壊し、地球上の各地域における文明・文化の進歩がその地域の地理的な特徴によるという仮定を提案した事にある。

具体的には、同じような緯度にあり東西に広がった地域では、ある場所で生まれた文化や技術が他地域に伝搬しやすい。したがってそのような地域間では文化・技術を共有する事により文明・文化が進歩しやすいというのが彼の仮説である。

そして東西に長細いアジア大陸の特徴を生かし、中東で生まれた文化・技術が欧州に伝搬すると共に欧州の各地域間の競争によりそれが急速に進歩たことが、現在の文化・技術の欧米優位の元となっているというのである。

地域性が文化や技術に大きな影響を与えるという考えは和辻哲郎「風土」でも提案されている考え方であるが、それを地球規模でかつ各地の文明・文化の具体的なデータも用いた比較の中で論じようと言うのが「銃・病原菌・鉄」が目的としているものである。

私は個人的には中学・高校時代、歴史が最も苦手な科目だった。教科書では歴史上の人物や出来事そしてそれらが起こった年代が単に羅列的に述べられているように感じられ、全く面白味を感じなかった。もちろん今読んだらそうではなくて、教科書の記述の中にも人物や出来事の背景のストーリーが記述してあることがわかるかもしれない。

しかし中学・高校時代の私にとっては、簡単な記述からそれぞれの時代の人々の実際の生活や行動を読み取る事は困難であって、それが私にとっては歴史が単なる人物と出来事の名前とそれに関連する年代の暗記もののように感じられた理由であろう。

多くの人達にとっても教科書で習う歴史というのはそのように感じられるものなのであろう。NHK大河ドラマがそれなりの視聴率を得ているのは、大河ドラマによって教科書で学んだ無味乾燥な歴史上の人物・出来事の背後にある人々のドラマを鑑賞する事を人々が求めているからであろう。
私個人にとっては、特定の時代のしかも特定の人物に焦点をあててそれを中心としてそれにまわりの人達の行動を加えたドラマ仕立てというのは、すこし歴史の見方としてはミクロ過ぎて好みには合わない。それよりももっとマクロな立場で歴史の流れを記述した本に魅力を感じる。

その意味では人類の長い歴史をいわばモデルにそった物理現象のような形で解説してくれるニコラス・ウェイド「5万年前」やジャレド・ダイヤモンド「銃・病原菌・鉄」は私の好みに合致した本であり、いずれも週末に一気に読み終えてしまった。
ジャレド・ダイヤモンドによる「文明崩壊」は「銃・病原菌・鉄」の続編と考える事が出来る。「銃・病原菌・鉄」が世界史の中で極めて大きくて重大な出来事として、なぜ西欧文明が他の文明に比較して優位に立ったのか(例えばなぜお西欧文明が南米のインカ文明を滅ぼし逆が生じなかったのか)に焦点を当てているのに対し、「文明崩壊」ではもう少しミクロな立場になって世界各地の文明に焦点を当てている。

具体的には、世界各地で勃興した文明の多くが滅亡してしまったと同時に、長年の間存続している文明もある。この滅亡と存続を分けたものは何かに焦点を当てて、答えを得ようとしているのが「文明崩壊」である。