シンガポール通信−猪瀬東京都知事辞任に至る迷走

猪瀬東京都知事が医療法人徳洲会から5千万円を受領した問題で、都議会や一般国民から厳しく責任を追求されていたが、ついに19日朝に都議会に辞任届を提出したというニュースが飛び込んで来た。とうとう来たかと言うべきか、それともなぜ今まで引き延ばしたのだと言うべきだろうか。

最初にぜひとも言っておきたいのは、シンガポールではこの件はまったくニュースになっていない事である。2020年のオリンピックの東京招致の成功、アベノミクスによる東証株価の上昇、中国による防空識別圏の設定など、日本に関係するニュースはこのところしばしばシンガポールのテレビでも取りあげられる。

しかし猪瀬知事の問題は、私の知る限りでは一度もこちらのテレビニュースで取りあげられた事はない。こちらのテレビで最近取りあげられるのは、タイの反政府運動の成り行き、中国の防空識別圏設定に関する各国の対応、フィリピンの台風被害の復旧状況、などが国際的な重要なニュースである。また先週のシンガポールのリトルインディアと呼ばれるインド人街での暴動は、国内的には大きなニュースとして取りあげられた。

多分このシンガポールの暴動は、日本のメディアではほとんど取りあげられていないのではないだろうか。なぜならこれは、シンガポールの国内ニュースであるからである。もっともこのニュースは、シンガポールに多くの出稼ぎ労働者を送り込んでいる近隣の東南アジアにとっては、大きなニュースかもしれない。なぜならそれは、シンガポールの海外からの労働者や人材の受け入れに大きな影響を与えかねない事件だからである。その意味では、これはシンガポールの国内ニュースであると同時に、東南アジアの国々にとっては国際的なニュースかもしれない。

それに比較すると猪瀬東京都知事の問題がシンガポールのテレビで報道されないのは、純粋に日本国内のニュースととらえられているのだろう。2020年のオリンピックの東京招致に関して猪瀬知事の功績があったという見方もあるが、基本的にはオリンピックの東京招聘は前知事の石原慎太郎氏が打ち上げたものである。2016年のオリンピック招聘が失敗した後、2020年のオリンピック招致に目標を切り替え石原前知事を中心として運動を続けていたのを、猪瀬知事が最後の段階で引き継いだという見方が正しいのだろう。

むしろその後の猪瀬知事の言動にはオリンピック東京招聘の足を引っ張りかねない行動がいくつかあった。大きなものとして、4月に猪瀬知事が訪米し米ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューを受けた際に、東京のライバルであるトルコのイスタンブールを暗に批判したと受け取れる発言をして、批判された事件がある。

もう一つが2020年のオリンピック開催地決定のためのIOC総会である。この時は、猪瀬知事や安倍首相も含めた日本チームがそのプレゼンの優秀さの故に他の候補地を押さえて東京招聘に成功したと言われている。しかし週刊誌等によると、猪瀬知事のプレゼンはその中では今ひとつであり、他の人たちのプレゼンの足を引っ張りかねないレベルのものであったという。もっとも読者の興味を引く事だけが目的の週刊誌の記事なので、どこまで本気にしていいのかという点はあるが。

ともかくも、シンガポールでは猪瀬知事の5千万円受領の問題はニュースにはならないので、私が行なっていたのはネットで日本の新聞の記事を拾い読みする事である。したがって順序よく経緯を追っているわけではないが、私の読んでいる限りでの事件の経緯からしてもお粗末に過ぎるというのが感想である。

すでに議論が尽くされた事であろうが、徳洲会のグループ創設者徳田虎雄衆議院議員に知事選出馬の挨拶をしに行った時に5千万円の提供を申し出されてそれを受け取ったという事実は、論理的に考えて選挙資金を受け取った以外の理解のしようがない。それを個人的に借りただけであると説明しても誰も信用してくれないだろう。

選挙資金が不足する可能性がある事、また選挙資金に私費を投じていたため個人的な資産が枯渇する恐れがある事から、まさに渡りに船と5000万をそれを埋めるための資金としてありがたく受け取り、有事に備えて金庫に入れていたというのが実際の所であろう。資金不足に悩んでいる時に個人的に取りがちな行動ではあるが、それが正しいかどうか後で人に後ろ指を指されないかどうかということに考えが至らなかったのは、政治家としては落第である。

そして借りた5千万円を実際には使わなくて済んだので、選挙運動費用収支報告書に記載しなかったのであろう。記載しなかったのは、徳洲会に対して東京都が便宜を図れる立場にあるため、それを記載する事が自分の立場を危なくする事がわかっていたからであろう。政治家の行動としては、再びいうがお粗末に過ぎるといわれてもしかたがない。すでに2020年のオリンピック招致は決定しているので、彼の役割は終わったと言って良い。