シンガポール通信―和食とクールジャパン

昨日シンガポールのTVニュース番組Channel NewsAsiaを見ていたら、日本政府がクールジャパンの海外への売り込みの一つとして和食を対象とし、東京で各国の要人を招いて日本各地の名物料理を味わってもらうイベントを開催したという報道があった。

最近日本の話題はシンガポールのTVニュースにもしばしば取りあげられるようになったが、基本的には政治や経済に関するニュースが中心である。最近であれば中国の防空識別圏設定に対する日本の対応のニュースや、日本経済が回復基調にあるニュース等はよく取りあげられるが、それ以外の日本の文化などがTVニュースの話題になる事は少ない。

その意味では、和食を各国の要人に味わってもらったという日本のローカルなイベントが、シンガポールのTVニュースになるというのは珍しい。もっとも日本政府がクールジャパンを海外に売り込もうというのを日本政府の政治的動きと取れば、政治的なニュースの意味合いもあると考えられなくもないが。

最近和食は、アジアでもそして欧米でもすっかり一つの食事のスタイルとして定着した感がある。そして和食と言えば、基本的には寿司・刺身を代表的な和食と見なすという考え方が、これも海外で定着しているのではないだろうか。これはいつ頃からだろうか。

かって海外で和食と言えば、スキヤキ、天ぷらをさしていた時代がある。1960年代始めに坂本九の歌う「上を向いて歩こう」が海外で「スキヤキ(SUKIYAKI)」と言うタイトルでヒットし、特に米国では1963年のビルボード誌で3週連続して1位を取り、いまだにアジア圏歌手によるビルボード誌の1位獲得というのはこの歌のみであるが、それほどこの時代には海外で和食と言うとスキヤキが典型だったのである。

スキヤキと言えば、肉と各種の野菜を醤油に砂糖を加えたスキヤキたれに入れて炊き込む、いわゆる炊き込み料理とか鍋料理といわれるものの一つである。肉や野菜の素材の味ももちろん重要な要素を占めているとはいえ、スキヤキたれと一緒に煮込む事によりたれの味のしみ込んだ肉や野菜の味を楽しむという料理である。

つまり加工する事により新しい味を作り出しそれを味わうわけで、実は世界中の料理の大半はこの加工の所に力を入れている。素材として何と何を合わせるか、そして味付けにどのような調味料、香辛料を使うか。この部分に時間を金をかけた料理が高級料理と見なされるわけである。ある意味でその代表料理であるスキヤキが和食の代表料理と海外で最初は見なされたというのは当然かもしれない。

その後、海外ではスキヤキに代わって天ぷらなどが和食の高級料理と見なされるようになった。天ぷらは素材を衣で包んで油で揚げているという意味では加工料理なのであるが、素材の良さや味がより重要な要素になるという意味でスキヤキとは次元の異なる料理である。スキヤキから天ぷらに海外での和食の人気が移って来たというのは、現在の寿司・刺身が代表的な和食と海外で見なされる発端を作ったと言っても良いだろう。

とはいいながら寿司・刺身が和食の代表格となり海外でももてはやされるようになるにはかなり時間がかかったといえるだろう。私が海外(米国)に始めて出かけたのは1970年代半ばで、すでに坂本九の「スキヤキ」から10年が経過していたとはいえ、まだまだ寿司・刺身は珍しいと見られていた時代であった。金がなかった事もあるが、10日以上の米国滞在中に食べた和食は吉野家の牛丼だけだった記憶がある。

それが現在はどうだろう。寿司・刺身という、素材の質・味をほとんどそのまま使い、それに醤油という調味料を付けて食するというシンプルな料理が代表的な和食、しかも高級食と世界中で見なされている時代になっている。料理の過程に手を加えた量の多さが料理の高級度と値段を決めるというのが料理の世界のスタンダードな基準であった世界に、出来るだけ手を加えずに元の素材の質と味を出来る限り生かしたシンプルな調理法を高級料理と見なすという異なった評価基準を持ち込んだという意味で、和食が世界の料理の世界に起こしたことは大きな意味を持っていると言える。

シンガポールでも、もちろん日本人が多い事もあるが、それこそ星の数ほど和食の店がある。そして寿司・刺身等のシンプルな調理法を取り入れた料理を提供する店が、高級和食の店と見なされている。一人当たり100〜200ドル、酒を入れると300ドル以上などという店はざらである。和食に関しては、わざわざ日本政府がクールジャパンの海外展開と銘打ってこれまで以上の宣伝をしなくても、すでに世界的に和食は広く認められているといってもいいであろう。