シンガポール通信ーシンガポールの若手映画監督が台湾アカデミー賞を受賞

11月17日のブログで「日常感じるシンガポールの後進性」と題して、時にシンガポールが遅れているなと感じるいくつかの事例をあげた。いくつかのコメントも頂き大変参考になったが、またこの週末に同じようにシンガポールのある意味での後進性を感じさせる出来事に出会った。はたしてシンガポールが遅れているのか、それとも私も含めて日本人の感性がシンガポールとは異なっているのか、皆さんの感想をお聞きしたい。

ここ2日ほど、シンガポールのニュースTVであるChannel NewsAsiaで、シンガポールの若手監督が映画賞を受賞したというのが大々的に報道されている。具体的には、台湾のアカデミー賞といわれる第50回台北金馬奨の受賞結果が11月23日に発表され、シンガポールのアンソニー・チェン監督の制作した「イロイロ/ILO ILO」が最優秀長編作品賞を受賞したのである。

しかも日本でもよく知られている、ウォン・カーウァイ監督「グランド・マスター」、本年度カンヌ国際映画祭脚本賞受賞のジャ・ジャンク—監督「罪の手ざわり」、同ベネチア国際映画祭審査員大賞受賞のツァイ・ミンリャン監督「ピクニック」などの優秀作品を押しのけて最優秀賞を獲得したというニュースである。

他にも「イロイロ」は新人監督賞、最優秀助演女優賞、最優秀脚本賞と4冠を受賞している。もっともウォン・カーウァイ監督「グランド・マスター」は、最優秀賞こそ逃しているものの計6冠を受賞しており、最近名前をあまり聞かないとはいえさすがにウォン・カーウァイ監督はアジアではいまだによく知られていることを再認識した。

週末の23日・24日のChannel NewsAsiaのニュースでは常に、「イロイロ」が台湾の映画祭で最優秀賞を受賞したニュースが、トップニュースとして繰り返し放映された。さて興味深いと思ったのは、シンガポールの監督が受賞したという事実より、このニュースの放映のされ方である。特に興味深かったのは、テレビ局が多くのシンガポール人にインタビューしてこの受賞をどう思うかと聞いている場面である。もちろんインタビューを受けている皆さんは喜ばしい事であると答えているわけであるが、どうも見ているといかにも紋切り型の答えであって、この受賞の意味を理解して本当にうれしいと思っているようには見えないのである。

なぜだろうかと考えていると、そこにニュースキャスターの声がかぶさった。「興味深いのは、インタビューを受けた人のほとんどが、この映画を見た事もなければこの映画の事も知らないと言っていることです」というわけである。つまりシンガポールの人々の本音としては、シンガポールの監督の制作したシンガポール映画に興味を持っているわけでもないし、台湾における映画祭での最優秀賞受賞というニュースにもあまりありがたみを感じていないということなのである。

実はこの映画は2013年5月に行なわれたカンヌ国際映画祭でカメラ・ドール(新人監督賞)を受賞している。カンヌ国際映画祭のカメラ・ドールと言えば、1997年に河瀬直美氏が「萌の朱雀」で受賞したという事でよく知られている。日本では当時これは大きなニュースになったし、この映画も日本で公開されたと記憶している。

カンヌ国際映画祭における「イロイロ」のカメラ・ドール賞受賞のニュースを聞いた時私が思ったのは、「経済的にはシンガポールが日本を抜いたと言っても創造性においてはまだまだシンガポールは遅れている」という考え方を改めなければならないという事であった。シンガポール若い人たちの中には、日本人に負けない創造性を持っている人がいる。日本も、創造性ではシンガポールに負けるものかなどと、たかをくくっていてはいけないという事である。

これはシンガポールの一面である。しかし同時に興味深いのは、カンヌ映画祭における「イロイロ」のカメラ・ドール賞が、まったくといって良いほどシンガポールでは話題にならなかった事である。カンヌ映画祭は芸術性の高い映画を対象とした映画祭である。「イロイロ」は、シンガポールに住んでいる一家の日常に焦点を当てて、リーマンショックの前後のシンガポールの経済の激動期にその家族がどう過ごして行ったかを作品にしたものである。

しかしながらこのような芸術性の高い映画は、シンガポールでは映画館で上映される事はまったくと言って良いほどない。ほとんどすべてがハリウッドのしかもアクション映画である。芸術性の高い映画に興味がない、そして日本では認められているカンヌ映画祭シンガポールではほとんど誰も知らないというのも、またシンガポールの他の一面である。