シンガポール通信ー日経ビジネス「会社の寿命」2

日経ビジネスが会社の旬の時期を知るのに、前回の特集の時に用いた売上高および総資産額ではなくて時価総額を用いたというのは、正しい選択であると思う。売上高や総資産額などから見た、規模だけは大きいが過去の遺産を食いつぶしながら生きながらえている企業というのは多いだろう。それに比較して時価総額は、株主も含めて一般の人々の評価に基づいているので、より企業が旬の位置にあるかどうかの判断として適しているだろう。

少し古いニュースであるが、アップルが時価総額マイクロソフトを抜いたというのは大きなニュースであった。マイクロソフトは、IT界の盟主として長年自他ともに認められていた会社である。そのマイクロソフト時価総額でアップルが抜いたというのは、IT分野における時代の移り変わりというものを私達に納得させてくれたものである。

そして現在アップルは、すべての企業を対象とした時価総額ランキングでトップの位置を占めている。これはアップルが、新しいデバイスやサービスを作り出すたび大きなニュースとして取りあげられる事とよく呼応している。正に世間の注目と時価総額が比例関係にあるのである。と同時に、時価総額ランキングの第3位にグーグルが位置しているのも納得できる(2013年10月時点)。グーグルも今をときめくIT界の雄であり、将来的にはアップルに代わり第一位の座に上る可能性も大きいと言えるだろう。

したがって、日経ビジネス時価総額の観点から日本の企業をランキングし、その推移から日本の企業の旬の時期が18年であるというデータを出した事自体は評価されて良いだろう。問題はその数値を基にして、どう論理を展開するかである。18年という期間は、確かに決して長くはない。企業が旬でいられるのはたかだか18年であるという事は、旬の時期にある企業の入れ替えが激しいという事である。

しかしこれは、競争が激しくて企業の入れ替わりが頻繁に起こっている事だと解釈すれば、日本の産業界が健全であるという証拠ととらえる事も可能である。時代の変化に応じて次々と古い企業が退場し、それに代わって新しい企業が台頭してくる。これは一国の産業界が健全に推移している事を示しているのではないか。

ところが日経ビジネス誌はそのようには解釈していない。「日本の企業の旬の時期が18年と短い事そして短くなっている事は、日本の企業が新しい変化に対応できていない事を示している」というのが日経ビジネスの結論なのである。ここの論理展開には私は納得できない。そのような結論を出すためには、少なくとも海外の事例との比較を行なう事が必要であろう。

そして海外の事例として適切なのは米国である。米国の企業を対象として同じ調査を行い、米国企業と日本企業との比較を定量的・定性的に行なう。そしてそれに伴い日本企業の問題点を抽出し、これもまた米国企業と比較する事によって、日本企業の問題点の解決のための処方箋を示す事。これこそが私達読者が日経ビジネスに期待する事ではあるまいか。

米国は日本以上に企業の勃興と衰退が激しい社会である。コンピュータの世界ではDEC・シリコングラフィクスなど、かって一世を風靡した企業がいくつもあった。DECは世界最初のミニコンを作り出し販売した会社であり、一時は世界中の研究機関にはかならずといっていいほどDECのマシンがあった。またシリコングラフィクスはCG専用のコンピュータの会社として知らぬ人はない企業であり、シリコングラフィクスの高性能マシンの導入の可否がCG関連研究機関の研究水準を決めた時期があった。

ネットワーク関連では、かってのウエブブラウザの定番であったネットスケープを開発したネットスケープコミュニケーションズがある。またSMSの世界では、Facebookが現れる前は最大のSMSであったマイスペースがある。このように、一時は世界中で使われたシステムやサービスを提供しながら、現在ではほぼ消え去ってしまっている企業のなんと多い事か。

これらのかっては一世を風靡したシステムやサービスの変遷は、単に私の属するアカデミアという世界から見た米国の企業の移り変わりである。他の分野でも同じことが起こっているだろう。確かに消え去ってしまったかってのITの雄に対する感傷を感じる事もある。しかしそのような変化こそが、世界を変えて行っているのである。そしてそれをリードしている米国で企業の興亡の激しいということ自体が、米国の競争力を作り出しているのではないだろうか。

とするならば、日経ビジネスにはやはりなんとしても米国企業を対象として同様の調査を行なってもらいたかったと思う。そしてそれとの対比で日本国内企業の現状を論じてもらいたかったというのが、私のこの特集記事を読んでの感想である。グローバルな観点から日本のビジネスの現状と動向を概観し、そして今後の進む道を示すことこそが、日経ビジネスに求められている事ではあるまいか。