シンガポール通信ー日経ビジネス「世界のトップ大学」5

さて最後に、「すべての大学が世界大学ランキングで上位を狙う必要があるだろうか」という疑問を考えてみよう。というのもこの特集を読む限り、国内の全ての大学が世界大学ランキングの順位をあげ、世界レベルで戦える大学になるべきだという論調のように読める。しかし本当にそうだろうか。

シンガポールや香港などの小さな国では、優秀な学生や優秀な教員を海外から求める必要がある。そのためには大学の知名度・評判をあげること、すなわち世界大学ランキングで自国の大学のランキングを上げる事が求められる。そのためにこれらの国の大学が取っている施策は、大学教員の給与を欧米並みもしくはそれ以上にし、海外の大学から著名な研究者・教授を招聘する事である。また博士課程の学生に対しては潤沢な奨学金を付与し、海外から優秀な学生が集まりやすい環境を整えている

例えばシンガポール国立大学では、ほぼ全ての博士課程学生に同年齢の企業で働いている人達の給与と同等の奨学金を付与し、かつ海外での学会における発表などのため年間30万円程度の研究費も助成している。また修士クラスの学生でも優秀な学生には補助研究者としての地位と給与を与えて、海外からの留学が容易なようにしている。これらの施策によって海外から多くの著名な研究者や優秀な留学生が集まって来る。そしてそのことが、これらの国における大学の国際化における評価を高くし、結果として世界大学ランキングを押し上げる要因となっている。

残念ながら国内の大学で、このような施策に対抗できるだけの施策を取っている大学は皆無だろう。濱田東大総長が嘆いているように、1000万円程度の年収で海外から著名な教授・研究者を招聘する事は困難だろうし、全ての博士課程学生に上記のような奨学金・研究費を与えるというのも実現できていない。

研究に関しては、先に述べたように幸か不幸か日本には国内にレベルの高い学会が存在しており(工学系なら電子情報通信学会、情報処理学会など)、これらの学会で発表したり、学会誌に論文を投稿する事で研究者として活動できる基盤が整っている。しかしそのことは海外の学会で発表する機会を減らす事を意味している。そしてそのことは海外から見た場合、日本の研究者の研究活動が盛んではないと評価される事につながる。

一方、シンガポールや香港のような小さい国では、国内に学会というものが存在しない。したがってこれらの国の研究者は、最初から国際的に著名な学会で発表したり論文を投稿せざるを得ない。つまり当初から世界基準で戦わざるを得ない環境におかれている訳である。ということは国際的な学会で受け入れられやすいテーマの研究を行った方が有利だという事である。そしてその事は、シンガポールや香港の大学の研究が欧米の研究の後追いになりがちである事を意味している。しかしそのことが、これらの大学の研究活動の評価を高め結果としてこれらの大学の世界大学ランキングでの位置を挙げる要因となっているのである。

さてそれでは日本ではどうすべきだろうか。大学に限らず多くの分野で国際化、グローバリゼーションの必要性がいわれている。たしかに日本が世界と戦っていくためには、学術面でも世界と同じ土俵に立って戦う大学が存在する事が必須である。しかし他方で、国内の大学のすべてがそれをめざすべきとは思わない。シンガポールや香港と異なり、日本には国内に巨大な市場が存在し、その市場にむけて製品やサービスを提供する産業が存在する。そしてそれらの産業を支えるための人材を教育して行く事が必要である。これらの人達いわば日本の中核を担う人達は、別に世界のトップレベルと伍して戦う事を求められている訳ではない。日本という国を支える事が求められている訳である。別の言い方をすれば「ガラパゴス化」していていいのである。

という事は大学においても、世界と戦う人材を育てるか、国内の産業を支える人材を育てるかという異なった目標がある訳で、それに応じて大学のありかたも二極化する必要があることを意味している。従って私としては次の事を提案したい。まず日本の大学から世界基準で戦うべき大学を選定する。これは10〜15校程度でいいだろう。具体的には東大・京大などの旧帝大を中心とした公立大学といくつかの有名な私立大学を選ぶ事になるだろう。いいかえるとサッカーなどにおける一次リーグに相当する大学を選定する訳である。

これらの大学には、世界トップレベルの大学と伍して戦う事を求める。言い換えると大学世界ランキングで上位(最低でも100位以内、出来たら50位以内)にランキングする事を求める。そのかわり、教員の給与は世界基準のものを支給するなど世界トップレベルの大学と同等の環境を提供する。代わりにこれらの大学の教員は欧米の大学の教員と同等の評価を毎年行い、水準に達しない教員は雇用契約を中止する。大学としても世界大学ランキングなどの世界レベルでの評価を何年かに一度行い、水準に達しない大学は上記の特権を取り上げる。

言ってしまえば2次リーグに落とす訳である。一方これらの大学の次のレベルに属するような大学を10〜20校2次リーグとして選定し、何年かに一度1次リーグと2次リーグの入れ替えを行う。

一方で、これらの世界のトップレベルの大学と伍して戦う大学以外の大学ももちろん評価は行う。しかし、これらの大学では、国際レベルの評価基準で評価を行うのではなく、国内の産業を支える人材をいかに育てるかを重要な評価基準とする。そしてその結果に応じて国からの補助金などを決定するのである。ガラパゴスなどと揶揄されながらも日本は国内にしっかりした産業と巨大な市場を持っている。これを守り育てながら世界と伍して戦って行くためには大学に限らず多くの分野でこのような両面作戦が必要なのではないだろうか。