シンガポール通信ー日経ビジネス「世界のトップ大学」1

日経ビジネス10月14日号が、「世界のトップ大学—東大は生き残れるか」という特集を組んでいる。最近世界の大学に順位付けを行う「世界大学ランキング」がしばしば話題になるが、この特集記事も世界大学ランキングにおける日本の大学の位置付けを論じたものだろうということは容易に推測ができる。

確かにその通りでありタイムリーな特集なのだが、どうも切り込みが不十分であるため、なにが主張したいのかがあまり伝わって来ない。「日本の大学の世界大学ランキングは高くない。しかも東大など日本のトップ大学はアジアの他の大学に抜かれかけている、どうすればいいだろう」程度のメッセージしか伝わって来ないのである。そこでこの記事を読みながら、何が問題で何をすればいいのかをもう少し掘り下げて考えてみよう。

まず、そのためには日経ビジネスの特集記事を少し紹介する必要がある。この特集は1、座して死は待たぬ、2.内憂外患で閉塞感、3.最高の授業が無料、4.MOOCは正義だ、5.猛追する新興勢力、6.切り札は「市場原理」、7.目指せ、世界基準、8.「トップ奪取」は可能、という8つの記事から構成されている。いずれも訴求力を狙ったタイトルではあるが、内容は必ずしもタイトル通りのものになっているとは言えない。

まず1の「座して死はまたぬ」は、東大の濱田純一総長へのインタビューである。東大のランキングの順位が下降気味な事に対する濱田総長の答えは、「大学教員の給与が安いため海外の有名教授を呼べない」「留学生の奨学金も安いため海外の優秀な留学生を呼べない」というものである。これは極めて率直な意見であり、ある意味その通りであると私も思う。このことは後で再び論じるけれども、日本の大学そして日本という国が持つ構造的な欠陥だろう。

2の「内憂外患で閉塞感」は、世界大学ランキングの最も著名な2つであるタイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)およびクアクアレ・シモンズ(QS)において、前者の場合は100位以内に日本からは東大・京大の2校しか入っておらず、後者では6校しか入っていない事や、QSでは東大が既にシンガポール国立大や香港大学に抜かれている事が示されている。そしてその一因が政府支出に占める高等教育の割合が日本は先進国で最低レベルである事などが述べられている。これもファクトであるから特に異論はない。

3の「最高の授業が無料」は、最近話題になりつつあるオンライン教育システム、特に「MOOC:大規模公開オンライン講座」の紹介と、それが大学教育に大きな変革を与える可能性がある事に関する記事である。大学のオンライン教育・遠隔教育はこれまでも多くの例があったが、MOOCがこれまでの試みと異なる点は、欧米のトップクラスの大学がその大学の講義の多くを、しかもその大学の著名な教授の講義をそのままオンラインで公開しようというものだと言う点にある。しかもそれは原則無料であり、誰でも受講できる。

自分たちの大学の「うり」である講義を無料で公開する事はリスクも伴うと考えられるが、欧米のトップクラスの大学にとってみれば、それによって自校の評判を上げることができ学生を呼ぶ事が出来るという自信があるからこそできるのであろう。しかしトップクラス以外の大学にとっては、有名大学のしかも有名教授の有名講義を無料で配信されては、自分たちの大学へくる学生を取られてしまうという可能性につながる。

そのことは4.「MOOCは正義だ」において「これから“正義”の話をしよう」で有名なマイケル・サンデル教授へのインタビューおよびそれに対する反論という形で記事になっている。マイケル・サンデル教授は「高等教育は特定層に対して提供されるものではなく全ての人に機会が与えられるべきものであり、それを公開する事は当然である」という理想論を述べている。これに対してはトップクラス以外の大学、すなわち講義の「オープン化」によって教える側の能力が問われ既得権益を脅かされる側からの反論が出ている。

この3、4は大学教育の今後に関する大変興味深い話題を提供してくれ、これだけで特集を組んでもいいほどのテーマである。このブログでも一度取り上げようと思ってはいる。しかし、MOOCは現時点ではまだ世界大学ランキングに大きな影響を与える要素にはなっていない。その意味では本特集においてはそれほど重要な意味を持っているわけではないのではないだろうか。

5.「猛追する新興勢力」は、アジアの他の国々の大学がいかにして、東大・京大の日本のトップクラスの大学に追いつき追い越そうとしているかを記事にしたものである。しかしその記事の半分以上は、マレーシア工科大学内に設置されている日本人の教員を中心とした「マレーシア日本国際工学院(MJIIT)」の紹介に割かれている。この学部設立の基本コンセプトは、日本の大学の教育・研究方法をそのままマレーシアに輸出したものであり、「日本に学べ」という考え方に基づいたものである。日本に学べという考え方が退潮気味の現在、果たしてこの方式がマレーシアの大学の世界における地位向上に役立つか否かは疑問ではないだろうか。同時に香港大学シンガポール国立大学が海外からの多くの留学生や教員を呼び寄せる事によって国際化を図っている事が紹介されているが、この部分は表面的な紹介に終っているという印象を受ける。

(続く)