シンガポール通信ーロスト・イン・トランスレーション

2003年にソフィア・コッポラ監督で製作されたこの映画は、男と女、老人と若者など異なる人達の間の相互理解の難しさを描いたものである。しかしそれが、主人公の老年のハリウッド俳優と若い女性が旅行の途中東京に滞在中に起こった物語であるため、私にとっては文化や言語が異なる国に旅行中に感じるある種の孤独感と分ちがたく結びついている。

現在米国ヒューストンの空港の近くのモーテルに滞在しているが、今回この映画を思い出したのは、今回の旅行で最近久しぶりに旅行に関わる大きなトラブルに会い、日本以外の国に滞在している際の孤独感というものを感じたからである。

私はエンタテインメント技術に関するInternational Conference on Entertainment Computingという国際会議のオーガナイズに、この国際会議を設立した時から関わっている。この会議は毎年アジア・欧州・北米で順に開催する事となっているが、今年は始めての試みとして南米で開催する事とし、ブラジルのサンパウロで10月17日から19日までの3日間開催する事になった。

ブラジルは日本から見ると地球の反対側にあたる国であるが、シンガポールからするとそこに行くには日本以上に不便な飛行機の乗り継ぎを経験しなくてはならない国である。米国経由と欧州経由で行く二つのルートがあるが、今回はUAのマイレッジを使って旅行する事にしたため、シンガポール、日本(成田)、米国(ヒューストン)経由でやっと辿り着くという長時間の旅行になった。ヒューストンでの乗り換えが特に不便で6時間〜10時間待たされるため、行きは30時間、帰りは何と40時間もかかる旅行である。

日本はたいがいの国にはビザなしで入国する事が出来る。最近関係が悪化している中国への旅行も、ビザを必要としない。米国が例外でビザを必要とするが、オンラインで申し込めばすぐに承認が得られる極めて簡易なビザである。

したがって私は、多くの日本人が住んでおり日本との関係も良好なブラジルへの入国にビザが必要とは夢にも思わなかった。途中の長時間の旅行、特にヒューストンでの長時間の待ち時間に何をして過ごすかなどの方に頭の働きがいっており、ビザの事はこれっぽっちも頭に浮かばなかった。

シンガポールから成田経由でヒューストンに着いた時はさすがに疲れきっていた。UAのラウンジで乗り継ぎの時間をつぶす事とし、その半分は居眠りをして過ごした。さて午後9時出発のサンパウロ行きの便の搭乗前2時間ごろになり、少しは訪問先のブラジル、そしてサンパウロの事を勉強しておくかと、ネットで情報を調べ始めた。

そうしているうちに、ブラジル入国にビザが必要との情報に出会った。私はこの時点でもかなり気楽に考えており、ビザといっても到着してから税関で簡単な処理で取得できるだろうと思っていた(実際に到着してからビザ取得な国は結構多い)。ところが一応念のためと、ゲートのカウンターで係員に聞いてみると、ビザが入国に不可欠であると告げられた。しかもそれでビザを持っていない事がわかってしまったため、あなたはこの飛行機には乗れないと告げられてしまった。

乗る直前の飛行機から乗っては行けないと告げられたのであるから、さあ大変である。頭の中が真っ白になってしまって、しばらくはどうしていいか分からない状態であった。10分ほどしてなんとか気をとりなおして、先ほどの係員にどうすべきかを恐る恐る聞いてみた。

そうすると係員の女性が、飛行機を1日後の便に変更し、翌日ヒューストンにあるブラジル領事館に行ってビザ取得を試みてはと助言してくれた。このような場合には欧米の国々では、これは貴方の問題であるとばかりに「I don’t know」だけで片付けられる事が多いのは、海外に旅行した回数の多い人は経験しているだろう。もしそうなっていたらどうしていただろうと考えると、この女性が親切であった事は幸運であった。

ともかくもお陰でやるべきことが少し明確になったので、行動するためのエネルギーも少し湧いて来た。UAのサービスカウンターに行き、飛行機を翌日の分に変えてもらい、さらに空港近くのホテルを予約し、なんとかホテルに落ち着いた時にはすでに夜の11時近くになっていた。

さてホテルでゆっくり休んで少しは元気が出て来たので、翌朝教えてもらったヒューストンのブラジル領事館に出かけた。ここでも私は少し甘く考えていて、日本からの旅行者で国際会議参加目的と言えば、比較的容易にその場でビザを発行してくれるものと思っていた。ところがこれが大間違い。ビザ発行の窓口の女性が極めて厳格で融通の利かないタイプで、事前に予約した人しか受け付けないとの一点張りで取りつく島がない。

こういう場合上司を出せとごねるのが日本流であるが、上司らしき人に訴えてもビザ発行の責任者は彼女なので彼女がすべてを決める権限があると繰り返すばかりで、これも取りつく島がない。唯一の解決可能性を持った窓口で断られてしまったのであるから、ここでもまた前日と同じで、しばらくは私としてはどうしていいか分からない状態であった。

(続く)