シンガポール通信ーF1レースは10年以内に消滅する?

シンガポールで毎年行われるF1が今年も10月に行われた。シンガポールのF1は2008年から行われているが、何事にともあれ世界一が好きなシンガポールなので、市街地レースに加え夜間レースという趣向を加えて、世界唯一の市街地夜間レースであると銘打って行われている。

おかげで観光という意味では大成功らしく、この時期は観光客が急増し、ホテルを予約する事が大変難しくなる。さらにはレースの行われる地域のホテルはF1の時期に合わせて特別料金を設定するので、ただでさえ2万円以下では泊まる事の困難なシンガポールのホテルの料金が、さらに1万円以上上乗せされる事もめずらしくない。さらには交通規制が引かれ、レースの行われるマリーナベイ地区へはF1期間中タクシーで行く事が出来なくなるというのも、F1に興味のない人に取っては大変迷惑な事であろう。

私自身もF1に興味はあまりないが、せっかくだからというので土曜日の予選と日曜の決勝は少しテレビで観戦してみた。しかしF1というのは、テレビで見る限りは全く何の面白味もないスポーツである。それほどの迫力も興奮も与えてくれない。特に急カーブなどでは各レーシングカーとも大きく速度を落とすので、迫力のない事はなはだしい。なぜF1の熱狂的なファンがいるのかわからないというのが正直な所である。

ところが実際にF1を観戦した人に聞くと、F1はテレビで見るのと実際のレースとでは全く別物だという。ともかくスピード感が違う。目の前を本当に一瞬に通り過ぎるそのスピード感はテレビで見るのとは全く異なるらしい。さらにもう一つ大きく異なるのは、各レーシングカーが出すエンジン音だという。凄まじいばかりのエンジン音を立てて目の前を一瞬で通り過ぎるレーシングカーの持つ迫力は、テレビでは決して味わえないというのがF1を実際に観戦した多くの人達が口を揃えて言う事である。

それまでF1に何の関心も無かった人が、F1レースを実際に観戦する事によって一挙にファンになってしまったという例が多いという。私のように実際に観戦した事が無いものはなるほどそんなものかと頷くばかりである。

ところでそのようなF1の話と、最近の車に関する幾つかのニュースを合わせて考えるとF1の将来に関して大変興味深い見方が出来るのではないかと思った。結論から言うと現在のF1の形は決して永遠のものではないという事である。そしてF1の形が変わるという事は、極論かもしれないがF1そのものがなくなってしまう可能性が大きい事も意味しているのではないかということである。

そのように考える第一の理由は、F1の大きな魅力の一つがあのガソリンエンジンの出す轟音にある。上にも述べたように、多くの人がF1の魅力はあのエンジンの轟音だと口を揃えて言う。それを認めるとしよう。ところが乗用車の分野では、電池とモーターで動くEVが自動車の新しい形として生まれている。まだ航続距離の短さのため普及が遅々として進んでいないようであるが、電池技術の進歩に伴って航続距離の問題が解決されるのは時間の問題である。そうすると、価格も手の届くものになっているのであるから、一挙に普及することも予想される。

このことは、F1においてもEVが早晩取り入れられる事を意味している。既に従来のガソリンエンジンとモーターを組み合わせたハイブリッド車が現れているという話も聞く。EVがF1の主流になるとどうなるか。それは、現在のF1の大きな魅力である轟音がなくなるという事である。ほとんど音を立てないレーシングカーが目の前を高速に通り過ぎても、F1ファンは現在のような迫力を感じなくなるのではないだろうか。そのことによって従来のF1ファンがF1から離れて行くという事態が生じるのではないだろうか。

もちろん、F1のレーシングカーをガソリンエンジンと搭載したものに限るというルールを作る事は可能である。しかし、F1そのものがその時々の自動車の最先端技術を取り入れるという事によって、社会とつながって来ているのである。そのため、ガソリンエンジン固執すると、一般にはEVが普及した時代にF!に旧来のガソリンエンジンを搭載しているという事自体が、人々のF1離れにつながるのではと危惧されるのである。

もう一つのF1の地位を脅かす新しい技術として、自動運転技術がある。現在トヨタなどの自動車メーカーやグーグルが、車の自動運転の研究に力を注いでいる。すでに、高速道路などの人の飛び出しなどの問題のない、言い換えると取り扱いの易しい分野ではある程度使える技術になりつつあるらしい。

ところでこの間テレビでF1レースを見ていて思ったのであるが、F1こそ自動運転に適した領域なのではないだろうか。まず第一にコースが厳密に限定されているため、コースの詳細な情報を事前にレーシングカーのコンピュータに登録しておき、それに基づいてコンピュータがコースの各時点で最適の運転モードを設定する事が可能になる。このことは、一般の高速道路における自動運転よりもよりもコースの限定されたF!の方が、自動運転を取り入れやすい事を意味している。またコース上を走っているのは他のレーシングカーだけであり、高速道路のようにトラックなども含め種々の速度・大きさの車が走っているという状況に比較すると大変取り扱いが容易な状況である。

もちろん人の飛び出しなどは考慮する必要は無い。そしてまた通常の道路における走行では事故を起こさない事が絶対条件であるのに対し、F1レースの場合は勝つ事が最大の目的であり、そのためには事故につながるようなリスクを取る事が許されているという事である。

さらには最近のAI技術の進歩により、チェスはもとより将棋などの分野でもコンピュータが人間の能力を凌駕し始める分野が出て来ているが、F1レースというのもコンピュータにとって得意な分野なのではないだろうか。事前にコースの詳細な情報を入力しておけば、何処でどの程度のスピードを出せばいいか、何処でブレーキを踏むべきかなどはコンピュータの方が人間以上に正確に判断できるのではないだろうか。

EVでかつ自動運転によるレーシングカーによるF1レース。それはここ10年以内に実現できると私は思う。その時にF1はスポーツとして存続できるだろうか。それは極めて疑問であるというのが私の意見である。