シンガポール通信—サムスンの腕時計型端末に失望

サムスンがかねてより話題であった腕時計型端末「ギャラクシーギア」を発表した。日本でも10月中には発売開始との事である。ギャラクシーギアは、同社の新しいスマートホン「ギャラクシーノート」と無線で連動して使う事を前提としている。いわばギャラクシーノートが本体であり、ギャラクシーギアはその補助端末的な使い方をする訳である。

具体的には、本体にかかって来た電話の着信機能や、メールの着信確認、さらには静止画や動画を撮影できるカメラ機能を持っている。価格は約3万円が予定されているとの事である。

スマートホン(スマホ)の次の情報機器として、身につけるコンピュータであるウエアラブルコンピュータが期待されている。眼鏡型端末がその一つの方向であり、グーグルはそれに向けて「グーグルグラス」を開発中である。腕時計型端末はもう一つの方向であり、アップルなども開発中であると伝えられている。

スマホの開発では、アップルの後追いでギャラクシーシリーズを売り出したサムスンであるが、低価格化・画面の大型化、さらにはデザインの洗練化などにより、現在は世界のスマホのシェアのトップに立っている。とはいいながら基本的には、コンセプトとしては何も新しいものをサムスンが発表している訳ではない。あくまでもアップルの後追いをしてきたわけである。そのサムスンが、少なくとも腕時計型端末に関してはアップルに先駆けて商品を発表・発売した事自体は評価できる。

さて問題は売れるだろうかという事である。私自身はこの新製品の写真を見た時に、「なんだこんなものか」という印象というか失望感を持たざるを得なかった。そして同時に「これなら当面腕時計メーカーは心配する事はないな」と感じた。直感的に同じような印象を持った人は多いのではないだろうか。なぜだろう。

それは、腕時計型端末というこの新商品の基本的なコンセプトに基づくものである。私たちはすでに、腕時計という時間を見るための端末を常時身に付けるという習慣というか文化を持っている。腕時計型端末は、従来の時間を見るための商品というコンセプトを持った腕時計に新しい機能を加える事によって、腕時計を進化させる事を狙ったものだと考えていいだろう。その証拠に写真で見る限り、ギャラクシーギアの通常のモードでは時間が表示されるようになっている。

このことは、サムスンも自社のギャラクシーギアのコンセプトというか位置付けをそのように考えているという事を示している。ということは、消費者がこの商品を買うか否かは、消費者が従来の腕時計に比較してギャラクシーギアに新しい魅力を感じるかどうかにかかっているといえる。

腕時計の持つ最大の魅力は何だろう。それはファッション性である。単なる時間をチェックするという機能だけでは、人々に腕時計を常時身に着けさせる事は困難である。特に最近のようにスマホで容易に時間を見る事ができる時代には、時間をチェックするという時計本来の機能の重要性は減少しているといえる。事実最近の若者の多くが腕時計をしなくなっているという事実がそれを裏付けている。

それでもなお多くの人が常時腕時計を身に着けている。それは腕時計が単に時間をチェックするための機械ではなく、腕に付ける装身具になっているからである。つまり時計は、腕輪・首飾り・イアリングと同等の部類に入る商品なのである。装身具は何かの実用的な機能を持っている訳ではない。そのファッション性こそが装身具の持つ魅力である。

そして時計メーカーはまさに、自社の時計に正にそのファッション性を持たせる事を追求して来たのである。正確な時間を表示するということはすでに当然の機能であり、いかにそれにファッション性を持たせるかが課題なのである。そうでなければ、数千円から始まり、数万、数十万そして時には数百万という広い価格帯を持った時計という商品が存在する事を理由付ける事が出来ない。そして電子機構による時間測定が通常である現在、それにもかかわらず機械式の時計という、考えてみれば古くさい機構が存在し得る理由を説明する事が出来ない。

残念ながらサムスンはそのことをわかっていない。この商品のいかにも現代受けを狙った軽い、言い換えると安っぽいデザインを見た時に「これでは従来の時計と勝負する事は困難だな」と私が感じたのはそのためである。

もちろんファッションの中には、あまり価格を気にせず気軽に身につけるカジュアルファッションというのは若者を対象に存在する。時計でも「スウォッチ」というカジュアルファッションを対象とした商品が存在する。スウォッチは数千円の価格帯で買い求める事ができ、飽きたら手軽に買い替える事が出来るため私も愛用している。

もしサムスンがギャラクシーギアをそのような商品として位置付けているなら、それはそれで理解できる。しかしそれなら、ギャラクシーギアはあくまで本体のギャラクシーノートの付属品という扱いをすべきである。価格もせいぜい1万円以下である必要がある。3万円と言えば腕時計でもそろそろ本格的にファッション性が要求される価格帯であろう。現在のデザインではとても3万円台の時計と競争できるファッション性を持っているとは言えない。

時計は本来の時間を知るための道具という位置付けから、長い時間をかけて装身具という位置付けの商品へと変遷して来た。そして腕時計メーカーは自社の腕時計の開発の歴史に基づいて、消費者の嗜好というものを知っている。いきなりサムスンがそれと対抗しようとしても無理があるだろう。もしサムスンが本気で腕時計型端末を普及させる事を狙っているなら、腕時計メーカー、たとえばスウォッチメーカーなどとの共同研究開発こそがサムスンに求められる事ではないだろうか。