シンガポール通信ー携帯戦線異状あり:ノキアとドコモ

携帯電話の最近の最大のニュースは、マイクロソフトによるノキアの携帯事業の買収であろう。これは正直驚かされた。何と言ってもノキアは携帯電話の巨人である(というより「あった」というべきか)。1998年から2011年まで携帯電話事業で世界シェアのトップを独占して来た企業である。2012年にサムスンに抜かれたとはいえ、スマホ(スマートホン)を含めた携帯電話全体のシェアでは2012年時点でまだ19%を占めており、サムスンについで世界第2位なのである。

そのノキアの携帯事業部門が、なぜマイクロソフトに身売りしなければならなくなったかというのは、ノキアのスマートホンのシェアを見るとわかる。携帯電話全体ではまだ19%のシェアを占めているとはいえ、スマホに限ると5%足らずのシェアしか占めていないのである。つまり従来型携帯電話の世界では成功を収めて来たが、スマホ事業が上手く立ち上がらず、急激に世界シェアを落として行きつつあるという事なのだと推測できる。

それにしても、ついこの間まで携帯電話の世界でトップを走っていた企業が数年の間に身売りするまで落ちぶれるというのは、この世界の栄華盛衰の早さを示していないだろうか。海外に出張した時、現地で見るのはノキアの携帯か日本メーカー製の携帯かのいずれかであった時代はついこの間であったような気がする。

と同時に驚かされたのはその買収金額である。買収金額は7100億円ということである。もちろん7100億円は大金であるが、この間まで世界のトップにあった携帯電話の会社(正確にはノキアの携帯電話事業部門であるが)が7100億円で身売りするというのは、何とも投げ売りに近いのではないかという気がする。ソフトバンクが米国の携帯電話会社スプリント・ネクステルの買収に1.8兆円を支払った事を考えると、7100億円というのはいかにも安いではないか。もちろんスプリントは携帯電話のインフラを提供している会社であり、ノキアの携帯電話部門は単なる携帯電話単体を製造・販売している会社であるという違いはあるのであるが。

それにしてもノキアの事業の柱であった携帯電話事業部門が身売りされるというビジネスの世界の栄華盛衰の話に接すると、通信業界にいたことのある私としては少々感傷的になってしまう。この話を聞いて思い出すのは、IBMAT&Tのケースである。たとえばIBMは、かってメインフレームと呼ばれた大型コンピュータの分野で、世界のトップに立ち世界のコンピュータビジネスを牛耳っていた時代がある。NTTも含めてNEC富士通・日立などの日本のコンピュータメーカーが必死でIBMを追いかけていた時代があった。(そういえばなんとNTTがコンピュータを開発していた時代があったわけである。)

当時私はNTTにいたが、通信業界・コンピュータ業界の営業担当がNTTの各部門を売り込みのために必死で回っている時に、IBMの営業担当者だけは肩で風を切ってNTTの社内を闊歩していたのを覚えている。しかしその後、大型コンピュータから小型さらにはPCへとコンピュータの中心が移って行くに従ってIBMはその存在感を失って行った。もちろん現在でもIBMは巨大な会社である。しかしそれはコンピュータのハードの会社としてではなく、ソフトウェアの会社、ソリューションを提供する会社としての形に姿を変えている。

そしてそれに伴い、特に国内においてはその存在感は低下しているのではないだろうか。かって私が関学にいたとき、私の研究室の修士課程の学生がIBMに就職が決定した事があった。私の感覚からすると、IBMというトップブランドの会社によく就職できたな、喜ばしいことだと思ったのであるが、なぜか本人はあまり乗り気でないようである。聞いてみると、NECパナソニックなどの大手の電機会社に就職したかったようであり、それらの会社に比較するとIBMというそれほど名前も聞かない会社にはあまり行きたくないということなのである。この学生の話を聞いて時代の変化の早さに驚かされたものである。

そうこうしていると、NTTドコモがアップルのiPhoneを扱う事になったという別のニュースが飛び込んで来た。やっとドコモもiPhoneを扱う事になったか、消費者サイドからすると便利になるなという感覚と同時に、いわば日本の携帯電話事業をインフラ・端末・サービスの全ての面で支えて来たドコモが、ついにソフトバンクKDDIとの競争の圧力に耐えかねてアップルに門戸を開かざるをえなかったのかという、これもある種の感慨を感じる。

ソニーサムスンの2機種のみに絞って積極的な販売活動を行うというツートップ作戦を取った時から、すでにサムスンという海外の会社の製品を一押し製品としていた訳であるから、別に海外の会社の製品はドコモは扱わないとしていたわけではない。とはいいながらやはり、アップルという本来は通信とは関係無い企業が開発した携帯電話を扱わざるを得ないというのは、ドコモという会社に取っては苦渋の決断だったように思える。

いやもっというと、すでにツートップ作戦を実行する事を決定した時点で、ドコモは冷静な立場から考えて、今後国内の製品で前面に押し立てて扱えるのはたかだか1〜2企業もしくは1〜2機種と考えていたのではないだろうか。そしてその結果として当面主として扱うのはソニーサムスン、アップルの3社の製品と決めていたのではあるまいか。つまり国内の他の携帯電話メーカーの切り捨てとアップルへの接近を同時に並行して進めていたのであろう。冷徹かもしれないが、ドコモもビジネスとしての決断という意味からすると正しい決断をしたといえるのではないだろうか。