シンガポール通信ー初音ミクが星雲賞を受賞

昨週末に古いSF小説(J・G・バラードの「沈んだ世界」)を読みたくなったので何かの予感かと思っていたら、初音ミク星雲賞を受賞というニュースをネットで見つけたので、なるほどこれかと納得した。もっとも、これだけでは何の事かわからないので少し説明が必要だろう。

初音ミク星雲賞を受賞したというのは、正式には情報処理学会の2012年5月号の記事「<特集>CGMの現在と未来:初音ミクニコニコ動画ピアプロの切り拓いた世界」が、毎年行われる日本SF大会における参加者の投票によって、2013年度の星雲賞ノンフィクション部門を受賞したというニュースである。

初音ミクはご存知ヤマハの合成ソフト「VOCALOID2」を使用した歌声合成ソフトであるが、少女のキャラクタデザインが作られており、それと音声合成ソフトが一体となったものが初音ミクであると一般には認知されている。2007年の発売(いいかえると初音ミクのデビュー)からすでに5年以上経過しているが、その人気は衰えていないようである。

ネットで見ると、2013年も多くのイベントが実施されたり企画されたりしている。この間訪れたグラングフロント大阪のナレッジキャピタルでも、8月の初めに初音ミクの大阪公演「夏祭初音鑑」が行われるという事ですでにその準備が始まっており、多くの人が公演の会場で写真を撮っていた(添付の写真参照)。

初音ミクバーチャルアイドルと解釈することができる。バーチャルアイドルのはしりとしては、かって伊達杏子というバーチャルアイドルが存在し一時大きな話題になったが、それ以降あまり名前を聞かないようである。それに比較すると、初音ミクの人気が持続しているのは不思議と言えば不思議である。

もちろんその大きな理由は、初音ミクがたんなる3DのCGキャラクタではなく、歌声合成ソフトと合体する事により歌い踊る事も出来るバーチャルアイドルになったということによるのだろう。それにしても、このようなキャラクタが人気を得る事が出来るということがわかったなら、なぜ第2、第3の初音ミクが出てこないのだろう。

このことを何人かの知り合い(初音ミクをよく知っているが特にファンというほどでもない人たち)に聞いてみたが、はっきりとした説明は得られなかった。初音ミクただ一人が歌い踊る事の出来るバーチャルアイドルとして存在している事に意義があるのだということらしいが、どうも納得の行く説明ではない。それともやはりこれはオタク文化独特の現象なのだろうか。

さて肝心の情報処理学会誌で発表された「CGMの現在と未来:初音ミクニコニコ動画ピアプロの切り拓いた世界」という記事の内容であるが、産業総合研究所の後藤真孝氏が中心となって、初音ミクを単なるバーチャルアイドルから、皆が彼女のために歌を作りそれをコンテンツ投稿サイトピアプロに投稿するという過程を経て、皆がそれを共有しGCM(消費者生成メディア)にまで育て上げた過程が記述されている。

お固い学術関係の学会誌としては異例の内容であったと記憶しているが、これも研究者の中では飛び抜けてオタクである後藤氏だからこそ現実のものになるまでにこぎつけることができたのであろう。それはそれで結構な事であるが、その記事がSFの賞である「星雲賞」とどのような関係があるのだろう。

私はこのニュースを見た時、2013年に数多く発表されたSF小説を押しのけてこの記事が星雲賞を受賞したのかと誤解しこれは大事件かと思った。しかし冷静になって調べてみると星雲賞には、日本部門、海外部門、映画・演劇部門・メディア部門、コミック部門、アート部門、ノンフィクション部門、自由部門、特別賞と数多くの部門があり、そのうちノンフィクション部門の受賞という事で納得は出来た。

しかも初音ミクはすでに2008年の自由部門で受賞している。初音ミクの発売開始が2007年であるからすぐに認められ受賞しているわけである。それにしても、SFとバーチャルアイドルは少々距離があるような気がする。

しかしどうもこれも私の思い込みによるもののようである。日本SF大会はその名前からSF作家や出版社によるお固い会合かと思っていたが、SFファングループの主催によるいわばSFオタクの集まる会合のようである。そうすると今回の初音ミク星雲賞受賞は、SFオタクがバーチャルアイドルオタクの活動を認めそれを表彰したということになる。その意味では今回の出来事は、日本のオタク文化の神髄ともいうべきものなのかもしれない。



グランフロント大阪のナレッジキャピタルでの風景。初音ミクの公演が予定されている会場ではすでに多くの人が写真を撮っていた。