シンガポール通信ー3Dテレビの終焉

昨日の日本経済新聞が、立体映像を家庭のテレビで楽しめる3D放送が終焉の危機に瀕している事を報じている。

新聞によると、米ウォルト・ディズニー傘下のスポーツ放送局「ESPN」が、CATVなどで有料配信する2010年に開始した3D番組専門チャンネルを2013年度末で廃止する事を決定したとのことである。その他にも、米ディレクTVパナソニックと組みこれも2010年に開始した3D番組を、昨年終了している。また英国BBCが2011年から3D番組の制作を試験的に開始していたが、需要が無いという理由で2013年末で打ち切るとのことである。

また国内では、スカパーJSATが2010年に開始した「スカチャン3D」を、2013年3月末で廃止している。現時点で今後共継続するとしているのは、ソニーと米ディスカバリー・コミュニケーションズ、カナダのIMAXが共同出資で設立した米3netだけのようである。

この報道を読むと、「やっぱりな」という印象を持つ。これらの番組の開始が2010頃に集中しているのは、その頃に3Dテレビのブームが生じたからである。もっともこのブームというのはテレビメーカーサイドのブームであり、消費者サイドからのブームではなかった。パナソニックソニー東芝、さらには韓国のサムソン電子などが、3Dテレビを次世代のテレビと位置付け、その開発・販売に力を入れて行くという事が報じられた。

これに対して私は、それはメーカーサイドの一方的な論理であり、消費者を無視した論理である事を述べ、「3Dテレビは普及しない」と断言した。(2010年1月9日「シンガポール通信—3Dテレビ」およびその前後のブログを参照。)そして消費者サイドから見ると、3Dテレビは次のような理由で従来のテレビに比較して魅力があるわけではないため、消費者には受け入れられないだろうという事を主張した。

理由の第一は、消費者が求めるのはテレビのコンテンツの価値であり、映像が3Dであるということはコンテンツの価値のごく一部分に過ぎないということである。逆に言えば、3Dでなければならない理由が、現在のテレビのコンテンツには見受けられないということでもある。さらに3Dテレビが実現しようとしている立体視は「両眼立体視」といわれるものであり、立体視を実現する要素の一部に過ぎないことがあげられる。他にも大画面や高精細映像なども映像を立体に見せるのに寄与するわけであり、両眼立体視という技術のみにたよった3D映像は消費者からすると魅力があるものとは映らないであろうというのが、3Dテレビが普及しないだろうと私が主張した第一の理由である。

そして第二の理由はその煩雑さである。現在の技術だと、3Dテレビで3D映像を楽しむためには、専用の眼鏡をかけなければならない。テレビというメディアは、現在ではそれを見る事に集中するメディアではなくて、何かをしながら見たりするいわゆる「ながら視聴」という形で楽しまれているメディアなのである。いわば気軽に楽しむメディアという位置付けになっている。そのような位置付けのメディアに対して、それを見ている消費者に専用の眼鏡をつけることを強いるというのは、消費者を無視した態度である。気軽に楽しむべきテレビというメディアにおいて、消費者はわざわざ専用の眼鏡を付けなければならないという事に対して、心理的な抵抗感を覚えるだろう。そしてそれが3Dテレビが普及しないだろうと考える第二の理由である。

この第二の理由は、一方で映画では3Dが受け入れられている事を説明する理由にもなっている。テレビとは異なり映画は、2時間程度の間、映画館という暗闇の中でスクリーンだけが明るい特殊な空間で、スクリーン上のストーリー展開に集中・没入するというエンタテインメントである。そこでは、専用眼鏡を装着するという事にはほとんど抵抗感はない。いやむしろ集中・没入を助けるための一つのツールとして観客は喜んでそれを装着するであろう。

と以上のような消費者目線から見ればごく自然であり当然の事と思われる理由から、私は2010年当時「3Dテレビは普及しないだろう」と断言したのであるが、そのような予測をしたマスメディアは無かったと言っていいであろう。もちろん私と同じような意見を持っていたマスコミ人はいたのかもしれない。そしてテレビメーカーが3Dテレビを次世代テレビと位置付けその開発・販売に力を入れることはいわば企業がその存続をかけた動きである。

それに対して私の意見は一消費者のいわば無責任な意見かもしれない。そのような自らの存続をかけた企業の戦略に対して、たとえそれに危うさを感じたとしても、個人のマスコミ人として発言しにくかったという理解のしかたもあるだろう。とはいいながらその戦略の危うさを表明するマスコミ人がいてほしかったと思う。

結局の所、その後日本のテレビメーカーは、韓国のサムソンやLGにテレビの開発・販売の主導権を握られてしまい、テレビ事業の不振が企業全体の赤字に結びついている企業も多い。その全ての原因が、3Dテレビを次世代テレビと位置付けてその開発に力を集中しすぎたことにあるというわけではないだろう。とはいいながら、3Dテレビに関する見方の誤りが、現在の日本のテレビメーカーの不振の原因の一つになっている事は間違いが無いのではないか。