シンガポール通信ーグーグルグラスは果たして普及するか?ー3

グーグルグラスが普及しないと私が予測する第一の理由は、前回書いたようにグーグルグラスが現在のスマートホンに対して新しい機能・サービスを提供してくれるわけではないからである。そして第二の理由はその操作性にある。

グーグルグラスはスマートホンのように手に持って操作をする訳ではなく、眼鏡のように頭に装着して使うので、実行してほしいサービスをどのように指定するかが問題となる。これに対して現在の所は、音声による操作が考えられているらしい。
たとえば写真を撮りたいときなどは「OK, glass, take a picture」と声に出してしゃべることになる。このうち「OK, glass」というのは通常のおしゃべりとグーグルグラスに対する命令を区別するため、この後に命令が来る事を示す一種のおまじない的な言葉である。

音声関係の研究に携わっている人ならだれでも、コンピュータに音声で命令を与える時にこのような使い方をすることが昔から提案されてきた事を知っている。つまりごくごく伝統的な音声によるコマンドの与え方である。私自身も音声関係の国際会会議などのデモで、この手の音声入力によるサービスはいやになるほど見せられて来た。しかしながら、それにも関わらず音声入力は普及しているとは言えない。

音声認識機能そのものは、ここ15年ほどで飛躍的に進歩した。私がNTTで研究していた頃は特定の人の単語を認識する程度であったが、現在では誰の声でも(不特定多数音声認識という)しかも単語ではなくて普通の文章をしゃべっても(連続音性認識という)認識してくれる。しかもかなりの精度である。スマートホンでもiPhoneなら「Siri:シリ」という音声認識機能を用いたアプリが用意されている。アンドロイドの場合も各種の音声認識機能を用いたアプリが用意されており、無料でダウンロードして使う事が出来る。これらを使って、正にグーグルグラスが実現しようとしているような、音声による検索・メールの作成などができるわけである。

しかし現実に使っている人を見かける事があるだろうか。興味本位に使ってみたという人は多いだろう。しかし現実に公共の場で音声入力を使っている人というのは、私は見かけた事は無い。これはなぜだろう。

私自身も昔から音声認識技術に関する論文を書く時には、「音声入力は人間にとってもっとも自然な入力手段であるから、音声入力をコンピュータへの入力として用いる事が期待されている」と決まり文句のように書いて来た。今でも音声認識や音声入力サービスに関する論文では、同じようやいいまわしが決まり文句のように書いてあるのではないだろうか。

音声認識技術が進歩し私たち技術者が夢見て来た実際に使えるレベルに到達したというのに使われないというのは、上の「音声入力は人間にとってもっとも自然な・・」という仮定が正しくなかった事を示しているのではないかと私は最近考えている。「音声入力が人間にとってもっとも自然な入力手段である」というのは実は「音声によるコミュニケーションは人間同士にとってもっとも自然で使いやすいコミュニケーションの手段である」と言い換える必要があるのではないだろうか。そして私が恐れているのは、それに応じて後段を「そして私たちは音声を人間同士のコミュニケーション手段としてのみ使うことを好み、人間とコンピュータのコミュニケーション手段として使う事を嫌う」と書き換えなければならないのではないかということである。

「そんな事は単なるなれであってすぐに人間はコンピュータに対する音声入力を使い始めるだろう」という意見が聞こえてきそうである。しかし音声認識をサービスとして使おうという動きはすでに1970年代半ばから日本や米国を中心に起こっている。とするならば、コンピュータに対する入力手段としての音声入力というのはすでに40年にも及ぶ歴史を持っているのである。それでもなお一般の人々に使われていないというのはそのように考えざるをえないのではないだろうか。(もちろん医師による診断表入力、議会などの演説の入力などの特殊用途では既に使われているが。)

音声入力が入力手段として適切かどうかはまた項を改めて論じる必要があるが、ともかくも現時点では「音声入力は使われていない」のである。この事は、グーグルグラスの入力としても音声入力が使われるとは思われないことを意味していないだろうか。しかも先に述べたように現在のスマートホンに比較して差別化できるような新しい機能がある訳ではないのである。それならば一般の人々が使う訳はないではないか。

先にも述べたように新しいメディアが市場に現れた時に、そのメディアが使われ普及するようになるという事は、新しいメディア文化が生まれる事を意味している。新しい文化が生まれるためにはそれ以前に比較して格段の新規性を持った機能が提供される事が必要である。現時点ではグーグルグラスはそのような新しい文化を生み出すだけの魅力は無いと私は考えている。