シンガポール通信ー岩崎育夫「物語 シンガポールの歴史」中公新書

シンガポールは何かと話題になる国である。一つは一人当たりのGDBで日本を抜き、その意味では最もアジアで豊かな国になった事である。また経済成長を国の最重要課題としており、そのために政治面では、基本的には一党独裁に近い政策を取っていることも大きな特徴である。その結果として、言論の自由に対する束縛が強い事や、そしてその反面で文化面を軽視するきらいがある事などがいわれている。

しかしその反面、シンガポールの歴史などを概観し、それが現在のシンガポールにどのようにつながっているかをわかりやすく解説した本が、これまであまりなかったのではないだろうか。この新書は3月25日に発売になったもので、シンガポール紀伊国屋で見つけた。紀伊国屋は和書を豊富に揃えているが、日本との距離もありあまりベストセラーに焦点を当てたような品揃えはしていないのであるが、この本は例外的な扱いとして、和書コーナーの入り口に平積みされていた。

シンガポールの日本人には受けるのだろうとの読みからだと思われるけれども、私も思わず買い込んでしまった。一読して、大変わかりやすくシンガポールの歴史や現状が記述してあることに感心した。同時に、そういえば以前に著者の岩崎育夫氏の別の著書「アジア二都物語」を買って読んだ事を思い出した。
「アジア二都物語」は、シンガポールと香港を種々の観点から比較して記述した本だったと思うが、そのために記述が少し分散気味で、シンガポールの特徴があまり明確に記述されていなかった記憶がある。その点この本はシンガポールの歴史と現状に焦点を当てて、それを新書サイズの分量にまとめてあり、気軽に読めてかつ得る所の多い本である。

シンガポールの歴史は1819年に英国人ラッフルズが上陸して島の一部をイギリス領にした時にまでさかのぼる。1819年と言えば、まだ200年に満たない歴史である。米国の歴史も新しいが、それでもメイフラワー号が米国に到着したのが1620年であるからほぼ400年の歴史を持っている。それに比較しても200年に満たないというのは大変短い歴史であるといえよう。

もう一つ重要なのは、ラッフルズが上陸したときのシンガポールは、ジャングルに覆われたほぼ無人島であった事である。米国の場合は、先住民としてのインディアンが住んでおり、インディアンと新しく移住して来たヨーロッパ人との関係がその歴史に大きな陰を落としている。それに対してシンガポールに関しては、まったくの白紙の状態の土地にその後中国人を中心とした人たちが移って来て始まった国なのである。

それにしても、ジャングルに覆われた無人の小島が貿易の中継点として適しているという地理的な有利さに着目し、ここを英国の植民地にしたラッフルズの慧眼はたいしたものである。そしてまったくの無から自由にシンガポールの建設を始める事が出来たということは、その後のシンガポールの歴史に大きな意味を持っていると思われる。つまり、それまでのしがらみにとらわれる事なく、白紙から都市さらには国家としてのデザインを行う事が出来たということが、現在のシンガポールのある意味で世界の国家の中でも特殊な位置付けに反映されているのではないだろうか。

通常植民地と言うと、それまでそこに住んでいた先住民と、新たに支配者としてやって来た外部勢力との対立関係が存在するのが通常である。ところがシンガポールの場合は、ほぼ無人の島にラッフルズが中心となって町を建設し、そこが貿易の中継地点として栄え始めることによって、マレー人・中国人・インド人などを中心として人々が次々に移民して来て、人口が増加し都市になっていったのである。移住して来た人たちは自らの意志で移住して来たわけであり、植民地を統治しているイギリス人との間には、支配者対被支配者という意識が希薄だったと考えられる。

この事が住民の政治意識の希薄さにつながり、そして現在のシンガポール政府の極めてトップダウン的な政策決定・実施体制と強くつながっているのではないだろうか。ただ、シンガポールは、英国の植民地としてのシンガポールがそのまま独立して現在のシンガポールにつながっているわけではない。その間に現在の隣国マレーシアとの複雑な関係が存在している。

(続く)